初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました
「……ノーマンに会うのを止めないよ」

くちづけの後、彼は私の耳元で囁きました。


「復縁を持ちかけられても、絶対に絆されないように」

「もう!馬鹿なこと言わないで!」

「こちらからはよく見えなかったけれど、彼は
美しい男だろう?」

「絆されるなんて有り得ません」

考えただけで笑ってしまいました。

(あんな嘘つきが何を言ってきても、私は信じたりしないのに)


「あいつは全部失って、もう何も残っていない
 そんな奴が捨て身で来たら……」

「エドガー様! いい加減にしてくださいませ!
 そんなに私は信用がないのかしら?」

少し気分を害した私はエドガー様の抱擁から
出ようと彼の胸を押したのですが、その両腕は
ますます固く私を閉じ込めて来ました。


「すまなかった
 俺が信用してないのは君じゃなくてノーマンの事だよ
 それでつい、しつこく言ってしまったんだ」

「……」

「もう、この事は口にしないから機嫌を直してくれないか
 君に怒られたら、俺はどうしたらいいのかわからなくなるから」

私より8歳年上の頼りになる灰色狼さんが。
怒られて萎れてしまったワンちゃんに見えてきました。


エドガー様はノーマン様の様な美しい男性では
ありませんが、
彼の持つ強さや大きさ、深さ、優しさ……
エドガー様を形作るそれら全てが。
私は愛しいのです。


「あの人は平気で私に噓がつけるひとなんです」


あの日彼は私に信じて欲しいと嘘をつきました。

『夏が終われば、君の元に戻るよ』

そう言って彼は。
泣いている私を置いて彼女の所へ行き、
私の元へ戻ってくることはありませんでした。
 
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