竜帝陛下と私の攻防戦
シンプルな形ながら、ウエスト部にレースが付いているのがさり気なく可愛らしさ演出している下着を見てしまってから、何故かベルンハルトの心から外出する気がすっかり失せていった。
「やはり此処から魔力を感じるな」
タブレット端末で調べ物を終え、ベルンハルトは学者をしているという佳穂の叔父のコレクション部屋へやって来た。
古代から現代までの幅広い趣向の物が乱雑に置かれているこの部屋には、魔術書の呪いを解くヒントとなる物があるかもしれないと、コレクションを壊さないことを条件に自由に入ることを許されていた。
一見がらくたにしか見えない物も、何百年か前の遺跡からの発掘品や文明の成り立ちを伝える貴重な書物ばかりで、考古学者の叔父とやらの目は称賛に価するくらい確かだ。
世界を隔てる壁を超えるのは莫大な魔力が必要になる。
竜王の血を継ぎ、強大な魔力を持つベルンハルトならば複雑な魔法陣を重ねて抉じ開けることも可能だが、そうそう出来ることではない。
数百年に一度起きるという、世界と世界を隔てる壁に生じる嵐による壁の亀裂。
厄介な魔法の本も、一冊は亀裂に落ちてしまい此方の世界へ来たのだろう。そして、一冊は元の世界に残った。
「よくもまあ、異界の物ばかり集めたな」
コレクション部屋に有るのは数百年の知識が詰まった品ばかりでは無い、ベルンハルトは手のひらから所蔵品へ影響を与えない程度の微量の魔力を放出する。
魔力を帯びた遺物や、界渡りをした異世界の産物が存在していれば、放出された魔力に微弱な反応を示すのだ。
ガタンッ!
部屋の片隅に積み上げられた木箱の一番下から音がして、ベルンハルトはカタカタと揺れる木箱を引っ張り出す。
木の蓋を開け、カタカタ音を発する中身を確認する。
「ほう、これは面白い」
箱の中身に入っていたものは、異世界、おそらくは自分の元居た世界から落ちて来た物。
上々の掘り出し物を発見したベルンハルトはニヤリと口角を上げた。
***
日が傾き出した頃、家へ近付いてくる佳穂の気配に気付き、魔力を注いで成長させた“ソレ”の姿を見えないように隠蔽魔法をかけた。
ガチャガチャ、ガラガラッ
「ただいま~」
玄関の開閉音に続いて、走って帰って来たため少し上擦った佳穂の声が聞こえる。
カラリッ
頬を上気させた佳穂は肩で息をしながら居間の襖を開けた。
ソファーに座るベルンハルトと目が合うと、目元を提げてくしゃりっと笑う。
「ベルンハルトさん、帰りました」
計算高い者達が作った笑みとは違う、裏表など感じ無い屈託ない笑顔にベルンハルトの心臓がざわめいていく。
「おかえり」
貴族令嬢や名だたる美しい姫達が向けてくる、自身を美しく魅力的に見せるよう計算された微笑みでは無く、目尻を下げた淑女とは言い難い子どものような笑み。
この裏表を感じさせ無い女の顔をもっと見ていたいと、もっと笑いかけて欲しいとすら思ってしまう自分に戸惑い、目蓋を臥せる。
この理解し難い感情の名前を知ろうとする度に、これを知るのは危険だと、ベルンハルトの脳中で警報が鳴り響くのだ。
「ベルンハルトさん? どうしたの?」
きょとんと、首を傾げた佳穂からの視線に耐えきれず、ソファーにすわるベルンハルトの足元に居るソレへかけていた遮蔽魔法を解いた。
「がうっ!」
ソファーの下から勢いよく飛び出した、白い毛玉の塊が佳穂へ向かって飛びかかった。
「うっぎゃあっ!?」
真正面から体当たりを食らい、尻餅を突いた佳穂の口から蛙が潰れたような悲鳴が上がる。
尻を強か打った痛みと衝撃で佳穂が涙目になったと同時に、ベルンハルトの尻にも鈍い痛みが走った。
「なんっ、なにっ?」
体当たりをしてきた毛玉の塊、光沢のある真っ白な毛を持つ中型犬は千切れんばかりに尻尾を振り、目を白黒させている佳穂の顔中をベロベロと舐めまくる。
あらかじめ仕込んでおいた通り、彼女を主と認識し敬愛を示しているのだろう。
「コイツは、お前の叔父のコレクション部屋にあった彼方の世界の魔獣の一部だ。過去に、時空の歪みに落ちて此方の世界へ渡った魔獣がいたのだろう。剥製《はくせい》にされていたモノへ魔力を注いで一時的甦らせてみた。魔獣の体の一部分のみのため魔獣本来の力は無いが、ただの犬よりは力はある。この家の番犬代わりに飼ってみるか?」
「ええっ!? 魔獣!?」
「ばうっ」
一気に顔色を悪くした佳穂へ、尻尾を振る白い犬は顔を擦り寄せ甘える。
元の魔獣よりは弱くなっていても、この犬の体は自動車が衝突しても壊れないくらい丈夫で、大人の男を簡単に噛み殺すくらいは出来る。
魔力を注ぎ再生させた肉体は、此方の世界に存在する犬の範囲内の大きさにしておいた。
(これで、俺が此処から居なくなった後の番犬にはなれるだろう。いくら平和な世でも、女の一人暮らしは、とくにこの女は危機感が薄いため危険だ)
口には出せないことを思いながら、ベルンハルトは魔獣に顔を舐められる擽ったさに堪えきれず、ケラケラ笑い出す佳穂を見下ろしていた。
「やはり此処から魔力を感じるな」
タブレット端末で調べ物を終え、ベルンハルトは学者をしているという佳穂の叔父のコレクション部屋へやって来た。
古代から現代までの幅広い趣向の物が乱雑に置かれているこの部屋には、魔術書の呪いを解くヒントとなる物があるかもしれないと、コレクションを壊さないことを条件に自由に入ることを許されていた。
一見がらくたにしか見えない物も、何百年か前の遺跡からの発掘品や文明の成り立ちを伝える貴重な書物ばかりで、考古学者の叔父とやらの目は称賛に価するくらい確かだ。
世界を隔てる壁を超えるのは莫大な魔力が必要になる。
竜王の血を継ぎ、強大な魔力を持つベルンハルトならば複雑な魔法陣を重ねて抉じ開けることも可能だが、そうそう出来ることではない。
数百年に一度起きるという、世界と世界を隔てる壁に生じる嵐による壁の亀裂。
厄介な魔法の本も、一冊は亀裂に落ちてしまい此方の世界へ来たのだろう。そして、一冊は元の世界に残った。
「よくもまあ、異界の物ばかり集めたな」
コレクション部屋に有るのは数百年の知識が詰まった品ばかりでは無い、ベルンハルトは手のひらから所蔵品へ影響を与えない程度の微量の魔力を放出する。
魔力を帯びた遺物や、界渡りをした異世界の産物が存在していれば、放出された魔力に微弱な反応を示すのだ。
ガタンッ!
部屋の片隅に積み上げられた木箱の一番下から音がして、ベルンハルトはカタカタと揺れる木箱を引っ張り出す。
木の蓋を開け、カタカタ音を発する中身を確認する。
「ほう、これは面白い」
箱の中身に入っていたものは、異世界、おそらくは自分の元居た世界から落ちて来た物。
上々の掘り出し物を発見したベルンハルトはニヤリと口角を上げた。
***
日が傾き出した頃、家へ近付いてくる佳穂の気配に気付き、魔力を注いで成長させた“ソレ”の姿を見えないように隠蔽魔法をかけた。
ガチャガチャ、ガラガラッ
「ただいま~」
玄関の開閉音に続いて、走って帰って来たため少し上擦った佳穂の声が聞こえる。
カラリッ
頬を上気させた佳穂は肩で息をしながら居間の襖を開けた。
ソファーに座るベルンハルトと目が合うと、目元を提げてくしゃりっと笑う。
「ベルンハルトさん、帰りました」
計算高い者達が作った笑みとは違う、裏表など感じ無い屈託ない笑顔にベルンハルトの心臓がざわめいていく。
「おかえり」
貴族令嬢や名だたる美しい姫達が向けてくる、自身を美しく魅力的に見せるよう計算された微笑みでは無く、目尻を下げた淑女とは言い難い子どものような笑み。
この裏表を感じさせ無い女の顔をもっと見ていたいと、もっと笑いかけて欲しいとすら思ってしまう自分に戸惑い、目蓋を臥せる。
この理解し難い感情の名前を知ろうとする度に、これを知るのは危険だと、ベルンハルトの脳中で警報が鳴り響くのだ。
「ベルンハルトさん? どうしたの?」
きょとんと、首を傾げた佳穂からの視線に耐えきれず、ソファーにすわるベルンハルトの足元に居るソレへかけていた遮蔽魔法を解いた。
「がうっ!」
ソファーの下から勢いよく飛び出した、白い毛玉の塊が佳穂へ向かって飛びかかった。
「うっぎゃあっ!?」
真正面から体当たりを食らい、尻餅を突いた佳穂の口から蛙が潰れたような悲鳴が上がる。
尻を強か打った痛みと衝撃で佳穂が涙目になったと同時に、ベルンハルトの尻にも鈍い痛みが走った。
「なんっ、なにっ?」
体当たりをしてきた毛玉の塊、光沢のある真っ白な毛を持つ中型犬は千切れんばかりに尻尾を振り、目を白黒させている佳穂の顔中をベロベロと舐めまくる。
あらかじめ仕込んでおいた通り、彼女を主と認識し敬愛を示しているのだろう。
「コイツは、お前の叔父のコレクション部屋にあった彼方の世界の魔獣の一部だ。過去に、時空の歪みに落ちて此方の世界へ渡った魔獣がいたのだろう。剥製《はくせい》にされていたモノへ魔力を注いで一時的甦らせてみた。魔獣の体の一部分のみのため魔獣本来の力は無いが、ただの犬よりは力はある。この家の番犬代わりに飼ってみるか?」
「ええっ!? 魔獣!?」
「ばうっ」
一気に顔色を悪くした佳穂へ、尻尾を振る白い犬は顔を擦り寄せ甘える。
元の魔獣よりは弱くなっていても、この犬の体は自動車が衝突しても壊れないくらい丈夫で、大人の男を簡単に噛み殺すくらいは出来る。
魔力を注ぎ再生させた肉体は、此方の世界に存在する犬の範囲内の大きさにしておいた。
(これで、俺が此処から居なくなった後の番犬にはなれるだろう。いくら平和な世でも、女の一人暮らしは、とくにこの女は危機感が薄いため危険だ)
口には出せないことを思いながら、ベルンハルトは魔獣に顔を舐められる擽ったさに堪えきれず、ケラケラ笑い出す佳穂を見下ろしていた。