竜帝陛下と私の攻防戦
 夏休みを楽しんでいるらしい、以前会った時よりも日焼けしているダイキと、彼にフラれた時に近くに居た坊主頭の友人は片手を上げて佳穂へ近付く。
 彼氏ですら無かったダイキは、突然のことに困惑する佳穂を見下した笑みを向けた。

「キョロキョロしちゃってさ、何してんの? 誰か探しているのか?」
「あ、いやその」

 出来れば二度と会いたくなかったダイキと会ってしまうなんて、どう対応したらよいのかわからず佳穂は胸の前で手を握り締め、無意識に後退った。
 早く何処かへ行ってほしいのに、彼等はニヤニヤ厭らしい笑みを浮かべながら佳穂との距離を縮める。

「迷子なんて可哀想だからさ。一緒に探してあげようか?」

 あくまで好意で声をかけている風を演じているが、暇潰しと面白半分だと分かる笑みを浮かべるダイキ達によって、佳穂は電信柱の影にじりじりと追い詰められてしまう。
 逃げ場が無くなった佳穂は内心涙目になっていく。
 絡まれて困っている佳穂が辺りを見渡しても、道行く人達は横目で見るだけで我関せずといった様子で通り過ぎていく。

(会いたくも無かったのに、また面白がって笑われるのは嫌だっ。怖いよ。ベルンハルトさん、助けてっ!)

 気が付けば心の中でベルンハルトに助けを求めていた。
 助けを求めても彼は側には居らず、心臓が繋がっていても思いは伝わるのか分からないのに。
 はっきりと迷惑だという意志をダイキ達へ伝えて、自分で何とかしなければならない。

 少し前まで好意を抱いていたのが信じられないくらい、ダイキへ対しての感情はマイナスとなっていた。
 格好良くて爽やかだと思っていた顔立ちは、黒く日焼けしているせいか醜く見える。恋していると思いこんでいた時は盲目だったと、今ならその通りだと頷ける。
 半泣きの顔で怯えていたら自分を馬鹿にしきっている彼等を悦ばせるだけだ。

 握った両手に力を込め俯いていた顔を上げ、佳穂は真っ直ぐ前を見据えた。

「いえ、結構です。すぐに見つかりますから大丈夫」
「そんな事言わないでさ、ぐぇえ!?」

 言葉の途中で、厭らしい笑みから驚愕の表情へ一変させたダイキは不自然に後退する。
 ダイキの背後に立つ何者が襟首を掴み後ろへ引っ張ったのだ。

 突然の出来事に、ダイキの隣に立っていた坊主の友人も目を丸くする。
 襟首を掴まれたダイキは目を白黒させながら、そのままズリズリ後ろへ引きずられていく。

「うそっ」

 彼等の間から見えるのは陽光を反射して輝く銀髪。
 驚きと安堵から、佳穂の全身から力が抜けていく。

「この女から離れろ」

 聞こえてきたのは聞き覚えのある、しかも苛立ちを含んだ低い声色で。
 声の主、つい今の今まで佳穂が捜していた相手、ベルンハルトは横へ放り投げるようにダイキを解放した。

「俺ははぐれるな、と言った筈だが? 何だこの状況は」

(まさか、探してくれたの? 助けてくれた? え、ひぃいっ!)

 安堵したのは一瞬だけ。
 ベルンハルトの顔を見た瞬間、佳穂の中から安堵感が一気に消え去っていく。
 怒気を抑えること無く、冷淡に話す彼の全身からどす黒いオーラが発せられているようで恐怖から佳穂の全身が震え出す。

「お、おいっ! いきなり何をするんだよ!?」

 怒りで顔を真っ赤にして怒鳴るダイキ達に向けて、ベルンハルトは殺意すら感じさせる抜き身の刃の様な鋭い視線を向けた。

「ひっ!」

 まさに鬼の一睨。
 それだけで、ダイキは怒りで赤黒くなっていた顔面を青くさせて恐怖で全身を震わす。

「消えろ」

 抗えない言霊の力を浴びたダイキ達は、震える足元をもつれさせながら逃げて行った。

 助けてくれてありがとうとか、どうして此処が分かったのかとか、自分と彼等の関係だとか、話したいことはあるのに何一つ音として喉の奥から出てこない。
 会いたくも無かった相手と会ってしまった不快感、その後の恐怖で心臓は早鐘を打ち、息苦しさを訴えているのだ。
 胸元を抑えて体を震わす佳穂をベルンハルトは無言で見下ろす。

「此処から離れるぞ」
「あっ」

 返事をする間を佳穂に与えずに、苦し気な呼吸を繰り返す彼女の手首を掴むとベルンハルトは歩き出した。




 
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