竜帝陛下と私の攻防戦
 人の波に流されて「はぐれないよう」にという理由で手を繋いだまま、たこ焼き専門店へやって来た佳穂とベルンハルトは、普通のたこ焼きと醤油タレのかかったたこ焼きを購入した。 
 初めて食べるたこ焼きに瞳を輝かせたベルンハルトは、トッピングを悩んだ末にシンプルな普通のソース味を選んだ。

「ぐっ、ごほっ!」
「だいじょう、ぶっ、くく」

 一個丸々口に放り込んで、作りたてのたこ焼きは彼の想像以上に熱かったらしい。
 口腔内へベルンハルトが感じているたこ焼きの熱さが伝わってきて、佳穂は急いで水を飲んだ。

 熱さで熱さに噎せるベルンハルトは、半ば八つ当たり気味に佳穂を睨む。
 涙目で睨まれても怖さは半減していて、怖いどころか可愛く見えて佳穂は緩む口元を手で隠した。

「熱が冷めれば、美味いな」

 一口で食べようとしなければ熱さで悶絶することは無いと、学んだベルンハルトはあっという間にたこ焼きを食べきり、醤油タレのたこ焼きを一齧りする。
 どうやら初体験のたこ焼きの味は、皇帝陛下のお気に召したようだ。


(うーん、この後はどうしよう。たこ焼きときたら、次はお好み焼きかもんじゃ焼きを食べさせて感想を聞きたいけれど絶対に混んでいるし、あまり歩き回るのも疲れてしまうから……)

 買い物と涼みに入ったコンビニで、飲み物を撰びにウォークイン冷蔵庫前までやって来て佳穂は息を吐く。
 買い物客の間から見える軽食スペースの椅子に座るベルンハルトは、人の多さに疲れたのか腕組みをして目蓋を閉じていた。

 レジで会計を済ませたペットボトル飲料を持って彼の側へ戻ろうとした時、近くにいる女の子達の耳に入ってきて足が止まる。

「ねぇあの外人さんかっこよくない?」
「ほんとだ、モデルみたい。一人かな?」
「まさか、彼女と一緒じゃないの?」
「彼女いるのかな? あんな人が彼氏だったらいいのになぁ。あたしだったら絶対自慢しちゃう」

 女の子達の視線の先には壁にもたれ掛かるベルンハルトの姿。
 普段ならそのまま聞き流しているのに、何故か会話を耳が拾ってしまう。
 ペットボトルを手に固まったままでいると、気が付いたベルンハルトと目が合った。

「え、嘘」
「聞こえていたのかな?」

 たった今話題にしていた青年が自分達の方にやって来たと、女の子達は色めき立つ。が、彼女達を無視してベルンハルトは真っ直ぐ佳穂の側までやって来る。
 自分と彼では釣り合わないのだろう。女の子達からの此方を見る視線が痛い。

「どうかしたか?」
「何でもないです」
「此処は目新しいモノが多くて面白いが、少々喧しいな」

 悪態一つも吐かずにペットボトルを受けとるベルンハルトに、少しだけ感じていた居心地の悪さが薄らぐ。
 何時も余裕たっぷりでいるベルンハルトの人の多さに疲れている姿と、女の子達の熱い視線を感じているだろう彼が佳穂へ話しかけ、側に立ってくれるだけで不思議と少し心が軽くなるのを感じた。



 ***



 せっかくだからと散策することに決め、若者で賑わう通りを歩く。
 以前、付き合っていると思い込んでいた彼とは一度もしなかった、散策デートに佳穂は自然と笑顔になる。

 異世界の魔獣の一部で最近飼い始めた犬のシロ用に可愛い首輪でも買おうと、通り沿いの雑貨屋の店先で陶器製の小振りな調味料入れを手にして佳穂は後ろを振り向いた。

「ベルンハルトさん、どっちが、あれ?」

 振り向いた先に、名を呼んだ彼の姿は無い。つい先程まで近くにいた気がしたのに、何処へ行ってしまったのか。
 キョロキョロと周りを見回しても、目立つ銀髪長身のベルンハルトの姿は見えない。
 まさかの迷子かと、背伸びをして人の波を探しても分からない。
 
(どうしよう……はぐれちゃった!?)

 友人なら電話やメッセージアプリで連絡を取ればいいが、困ったことにベルンハルトは携帯電話を持っていなかった。
 二人で歩いて来た道を戻って彼の姿を捜してみたが、それらしい人物は見当たらない。


「どうしよう……」

 ある程度のお金は渡してあるし、一度通った道は覚えるという素晴らしい記憶力を持っているベルンハルトならば、自分がいなくても家まで一人で帰れるだろう。

(はぐれてしまうのなら、恥ずかしくてもベルンハルトさんと手を繋いでいれば良かった。あ、もしかしたら心臓が繋がっているのなら、互いの居場所がわかるのかもしれない)

 俯いた佳穂は、深呼吸をしてから片手を額に当てた。
 ベルンハルトが手を繋ごうとしたのを丁重に断った結果はぐれてしまったのだ。彼と会えても、怒られるのは容易に想像出来る。

 数分間、道路の端に寄って意識を集中してみたが結局は気配どころか、何もわからなかった。


「あー佳穂じゃないか? プッ、なんだよ一人で買い物にしているのか?」
「えっ……?」

 途方に暮れて道行く人を見ていた佳穂は、突然後ろから聞こえた若い男性の声に肩を揺らした。
 速くなる心臓の鼓動を感じ胸元に手を当てる。

 ゆっくりと振り向けば、背後に立っていたのはお洒落に気を使っている今時な若い二人の青年。

「ダイキ、君……」

 何故此処に彼がいるのかと、佳穂の背中に嫌な汗が流れ落ちた。

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