竜帝陛下と私の攻防戦

酒は飲んでものまれるな

 学生街の一角にある、お酒も飲めるお洒落なカジュアルレストランは週末ということもあり、店内は若いカップルや大学生のグループで賑わっていた。

 他大学の親睦会という名の合コンの雰囲気に圧され、盛り上がる友人にはついて行けない。
 他大学の男子達とも打ち解けられずに、佳穂は一人浮かない表情を浮かべていた。

(うう、帰りたいな)

 談笑する彼等に気付かれないよう、横を向いて溜め息を吐くのは何度目だろうか。

「昨日言った飲み会ね、来られなくなった女の子の代わりが見つからないのよ。好きじゃないのは知って入るけどさ、ご飯を楽しむつもりで来てくれない? お願いっ」

 帰りたくとも、顔の前で両手を合わせる友人に頼まれてしまい、断り切れず了承したのは自分だ。

 はっきり言って親しい友人だけの女子会なら兎も角、男女の出会い目的の飲み会はどうにも好きになれない。
 そこまで面白いのかと、首を捻りたくなる話題で盛り上がり、密着している男女を見るともう勝手にやってくれと思う。
 服装こそはワンピースとサンダルを履いて普段よりも女子っぽくしてみた。
 しかし、他の気合を入れてメイクをしている女子とは違い、普段と変わらないナチュラルメイクの時点で佳穂は最初からやる気は0だった。

(ご飯が美味しいのが救いかな。ベルンハルトさんは、ちゃんとシロの散歩へ行ってくれたかな。ご飯は食べているかな)

 甘いカクテルが入ったグラスを両手で持ちながら、気が付けば異世界の皇帝陛下の事ばかり考えてしまっていた。
「男性陣の中で一番のイケメンよ!」と友人が騒いでいた、自己紹介でバンドをやっていると言っていた学部の違う明るい茶色に髪を染めた青年が、どことなくベルンハルトの髪型と似ている髪型だからだろう。

(また一人で出歩いて問題事を起こしていなければいいけど……)

 先日、一人で夜のコンビニに出掛けた時は目つきが気に入らなかった、という理由で駐車場の隅で騒いでいた派手で若い男性達を文字通り静かにさせたのだ。
 怪我させることはあってもすることは無いとは思うけれど、トラブルだけは起こさないでほしい。
 彼のことをここまで気にするのは、恋慕かと一瞬だけ勘違いしそうになる。
 少し考えてから、これは恋慕とは絶対に違うと取り消す。一番しっくりくるのはそう、保護者の気分だ。

「あのさ、さっきから目が合うよね」

 思考にふけっていた時、かけられた声に顔を上げると、友人がかっこいいと騒いでいた金髪の青年が隣に座っていた。

「え、と、そうですか?」

 意識が違う方向に行っていたからといっても、声をかけられるまで気が付かなかったとは。
 語尾が疑問系になりつつ、佳穂は慌てて笑みを作った。

「さっきから一人静かに飲んでいるけど、楽しんでいる?」

 全く楽しくない、とは言いたくても言えない。

「あ、いや、お酒もご飯も美味しいし、それなりに楽しいから大丈夫です」

 一人でいる佳穂に対する物珍しさなのか、一人でいる寂しそうな女への気遣いというものか。どっちでもいいから立ち去ってほしい。
 先程まで彼と楽しくお話していた女の子達が怖い顔をしてこっちを見ているのだ。
 アルコールの影響があるとはいえ、確実に友人関係が面倒な事になる。

「いやいや、一人で飲んでいるより色々話した方が楽しいよ。あ、今更だけど隣いいかな?」
「う、うん」

 身内以外の若い男性に免疫があまり無いためか、雰囲気と印象は異なるが居候に何となく髪型が似た相手だったため、つい反射的に頷いてしまった。


 ***


 用意されていた夕食を食べたベルンハルトは二冊の魔術本を開き、ページに浮かび上がっていた文章を読み比べていた。

 今夜は何故かテレビ番組を見る気も起きず、居間にはベルンハルトがページを捲る音と時計の秒針の音だけが聞こえる。
 庭に居る魔獣の気配を覗けば家の敷地内には自分一人。
 側近や護衛に囲まれていた時と比べると有り得ない状況に、ベルンハルトは妙な気分になっていた。

(俺一人、か)

 理由の分からない胸の奥がざわつく感覚は何なのだと暫時思案して……これが今まで感じたことが無かった不安、孤独という感情なのだという結論へ達した。

「面白い」

 自分自身も知らなかった一面を知れて、自嘲の笑みを浮かべる。
 タブレットを使いこの世界の産業について検索するのに飽きてから、友人と飲み会に行ってくると言って出掛けて行った佳穂の事ばかり考えていた。

 ソファーの背凭れに凭れ掛かり、ベルンハルトは大きく伸びをする。
 未だかつて、これほどまで佳穂が早く帰って来ないかと思ったことがあったか。
 棚の上の置時計を確認し、帰宅予定時刻をとうに過ぎているのに帰って来ない佳穂への苛立ち、何かあったのかという焦燥感が湧き上ってくる。

 突然、目の前が点滅を始め、ベルンハルトは目を瞬かせた。

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