竜帝陛下と私の攻防戦
 白熱灯のオレンジがかった灯りより強烈な白い光は徐々に収まり、佳穂はきつく閉じていた目蓋を恐々開いた。

「今のは、何だった……?」

 仕掛けにしてやり過ぎだと思いつつ、光に驚き落としてしまった本を拾おうと手を伸ばした。
 グイッ!

「ぐっ!」

 下を向いた佳穂の背後から、何者かの手がパジャマの襟首を強く掴み引き上げる。
 襟に圧迫され息が詰まり、声を上げることすら出来ず佳穂の体は床から足が浮いていた。
 だんっ! 

「いぃっ!?」

 背後から襟首を捕まれ無理矢理上向かされた佳穂は、勢いよく本棚へ押し付けられた。
 体を動かして、どうなっているのか確認したくとも動けない。
 何者かの大きな手のひらが、佳穂の背後から凄い力で肩を押さえているのだ。
 何が起こったのか理解が追い付かず、何とか状況を把握しようとして、動かせそうな首を動かそうと力を入れた。

「動くな」

 耳元で聞こえた声は、冷たく鋭利な刃物の鋭さを持つ低音の、男の声。
 動揺のあまり、体を揺らしてしまった佳穂の背中を押さえる男の腕に力がこもる。
 背骨がミシミシと悲鳴をあげ、佳穂は息苦しさにはくはくと唇を動かし喘いだ。

「なに、はな、離してっ」

 背中を押さえる男は、叔父のコレクションを盗みに来た強盗だろうか。力ずくで本棚へ押さえ付けられているせいで、顔面と肩が棚や本に当たって痛い。

「此処は何処だ? 貴様は何者だ?」

 妙なことを言い出す背後の男に対して、佳穂の頭の中にはクエスチョンマークが大量に浮かぶ。

「何処って、此処は、私の家で、」
「レヌールの神殿ではないのか? 貴様、俺に何をした?」

 強盗ではなく背後の男はまさかの酔っぱらいか。
 強盗よりは幾分マシとはいえ、前後不覚となった酔っぱらいは話が通じにくいからタチが悪い。

「何って、何のこと? 知らないっ!」
「そうか、痛め付けられねば分からぬか」

 背後にいる男の声がさらに低くなり、発せられる痛いくらいの圧力が強くなる。

(怖いっ! 逃げなきゃ!)

 本能が危険だと告げ、佳穂は何とか身をよじって男の手から逃げようとして……
 ゴキンッ

「ひっ!? いたぁあっ!」

 押さえ付けられていた背中と右肩に鋭い痛みを感じ、佳穂は悲鳴を上げた。
 右肩が経験したことが無いくらいの痛みと熱を放ち、肩から先の腕は動かせずにダラリと下がった。

「くっ」

 背後の男が息をのむ気配がして、佳穂の背中を押さえる腕から力が消える。

「なん、だと?」

 背後から驚愕した男の呟きが聞こえても、佳穂は振り向くことも出来ずにいた。初めて体験する激痛に涙を流して呻く。

「まさか、これも魔道具の力か? 魂を共有だと、馬鹿なっ」

 チッと舌打ちした男は、関節が外れてだらりと垂れ下がる佳穂の右肩へ触れた。

「いやあっ! 触らないでっ」

 痛みと恐怖から半ばパニックへ陥った佳穂は、男に手から逃れようと動く左手で本棚にしがみついた。

「おい、暴れるな。それを治す」

 呆れたような男の声は、恐怖に震える佳穂の耳には入らない。
 恐怖のあまり、体を強張らせる佳穂の右肩が温かくなり、徐々に痛みが消えていった。

「なに、これ……」

 今度は何が起こったかと首を動かして右肩を見て仰天した。淡い黄緑色の光が、佳穂の右肩を包んでいたのだ。

「これは? 魔法?」

 ファンタジーの世界にある魔法のように、あたたかい淡い黄緑色の光が消えると、佳穂の外れた右肩の関節は元の位置へ戻る。
 関節が元に戻ると同時に、動かそうとするだけで叫びたくなるくらいの痛みは完全に消え去っていた。

「魔法は発動出来るが、効果は半分ほどか。クソッ、厄介だな」

 吐き捨てるように言いはなった男は、佳穂の治ったばかりの右肩を掴みクルリと彼女の体を反転させた。

「女、よく聞け」

 今度は本棚に背を預け、男と対峙することになった佳穂は上を向いて固まってしまった。

「ええっ」

 視界に飛び込んできたのは、佳穂よりも頭一つ分以上背が高く黒色の詰め襟服という、アニメやニュースでしか見たことがないような服を着た細身だが筋肉質な体つきをした銀髪蒼目の、綺麗な顔立ちをした男だった。

 ポカンと口を開けて呆ける佳穂の顔の横へ、男は彼女を逃がさないために本棚へ大きな手のひらを置く。
 佳穂を見下ろす男は苦々しい表情になると、小さく「厄介だ」と呟いた。

「どうやら俺とお前は、心臓が、魂が繋がってしまったようだな」
「……はっ?」

 あまりにも斜め上なことを男が言い出すものだから、すっとんきょうな声が佳穂の口をついて出た。
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