竜帝陛下と私の攻防戦
宰相の憂鬱な日々
 皇帝ベルンハルトへの反乱を企んだラルハルトと、彼に与した貴族達を片付けても、帝国内で教会の皇帝への反感は燻り続けていた。

 トルメニア帝国内での皇帝と教会の関係は決して良いものとは言えない。
 それは三百年前、当時の皇太子と竜王の血を継ぐイシュバーン王国王女との婚姻を、教皇が反対したことから端を発している。
 帝国民の信仰が、教会が崇拝する女神から強大な力を持つ竜王へと移り、教会の発言力が弱まることを恐れたからだ。

 始まりの竜の王女と同じ色合いを持つ、皇帝ベルンハルトへ対する拒絶は教会内で長きに渡り培われてきたもののため、力や権威で押さえ込めるものでもない。
 今回の反乱を企んだ兄の裏にいたのも教会だと、暗部の調べで分かっていたとしても。
 帝国内のバランスを崩さないために教会の力を叩き潰すのは難しく、異世界の娘を傍に置こうとすれば教会幹部が大反対するのは想定できる。

「いっそのこと奴等全て消すか」と呟いたベルンハルトに側近達は大いに焦った。この男ならばやりかねないからだ。


 トルメニア帝国帝都の中心部にある闘技場では、毎月第六部隊まである騎士団が二部隊ごとの対抗試合や、魔術師団の強化試合が行われており試合が行われる日は、観覧席のほとんどは市民達で満員状態にはなっていた。

 市民に解放された闘技場だが、今日ばかりは厳しい警備兵に周囲を囲まれ静まり返っていた。
 観覧席に座るのは市民では無く皇帝に使える騎士達。彼等は皆真剣な表情で闘技場の中央にいる者を固唾を飲んで見守る。
 騎士達の視線の先に立つのは、黒い軍服に紅のマントを纏った竜帝ベルンハルト。
 強張った表情でベルンハルトと対峙するのは、騎士服を着た淡い茶髪を短髪に刈り込んだ屈強な騎士だった。

「第三騎士団長アクバール。貴様は我が兄の帝位簒奪計画に協力したとはいえ、今までの帝国のために尽力を尽くしてきたと聞いている。その功労に免じて俺自ら処刑を執り行う」

 見るものを畏怖させる冷笑を浮かべたベルンハルトは、腰に挿した剣の柄へ触れる。

「万が一、俺に掠り傷でも与えられたら恩赦を与えてやろう」

 冷静な声色ながら、ベルンハルトの蒼色の瞳に混じった苛立ちと殺意を感じったアクバールは、脂汗を流して半歩後ろへ下がる。
 第三騎士団長へと駆け上がる前から、見習い騎士の頃から畏怖と憧れを抱いていた竜帝陛下。
 妻の父親であるチェゼナス大臣に唆されたとはいえ、目前に立つ絶対君主に敵意を示してしまったのは己なのだ。
 竜帝陛下自ら刑を執行してくださるのならば、騎士として応えなければならない。

 迷いを消したアクバールが剣を抜くのを見て、ベルンハルトも腰に挿した剣を引き抜く。
 全身から人以上の、竜王の覇気を放つにベルンハルトに竜帝と呼ばれる皇帝の怒りはこれ程まで凄まじいのかと、観覧席で見ている騎士達は震え上がっていた。


「完全な八つ当たりだな」

 背筋を伸ばし真剣な表情でいる騎士達を尻目に、ベルンハルトの苛立ちの理由を知っている宰相だけは複雑な気分で貴賓席に座り、一人呟いた。


 それは今朝の出来事。
 アクバールの処刑を前に、急ぎの案件だけ片付けたベルンハルトは執務室で魔術書を開いていた。

 異世界に在ったという片割れの魔術書と通じているらしく、異世界で世話になり傲慢な皇帝の我儘で攫って来られた娘の様子が文字となり浮き出てくるのだと、ベルンハルトは言っていた。
 行方知れずになった五日間、異世界へ転移していた等とベルンハルトの話でなければ鼻で嗤い、信じるつもりは無かった。
 半信半疑だったトリスタンへ、ベルンハルトは異世界での具体的な生活を語り、記録用魔石に録画されていた未知の映像を見せて異世界の存在を証明したのだ。

 勿論、弱みなど皆無で完璧な皇帝である、ベルンハルトの心臓が異世界とはいえ繋がった相手がいると知られたら、良からぬことを企む輩が現れるかもしれないためこの件はトリスタンだけの胸の中へしまい込むことにしたが。
 それに、魔術書の片割れを所持している娘への歪な感情を抱いた、初恋を拗らせた思春期の少年のような竜帝陛下の姿は強烈過ぎて、とても臣下達へ見せられない。

< 51 / 61 >

この作品をシェア

pagetop