竜帝陛下と私の攻防戦
「陛下、サミュエル侯爵令嬢との相性はいかがでしたか?」

 執務室へ戻って来たベルンハルトを、意味深な笑みを浮かべた若き宰相が出迎える。

 無能な前宰相を解任し、新たに宰相を任せているのは乳兄弟として共に育った伯爵家三男。
 ブロンズ色の髪を後ろで一纏めにして、銀縁眼鏡をかけ常に柔和な笑みを崩さない彼は気兼ね無く話せる貴重な人物。
 乳兄弟だからこそ互いの好みは熟知しており、昨夜手をつけた令嬢はベルンハルトの好む、清楚そうな顔立ちに体は肉感的なタイプだった。
 宰相が自ら選んだ令嬢は確かに見目良い女だったが、ベルンハルトは「ハズレだ」と首を振る。

「具合はまぁまぁだったが、あの女は俺の子を孕めないだろう」

 性欲処理の一夜の相手ならば体の相性はそう悪くもなかったが、皇后に据えるのには致命的な問題があった。
 侯爵令嬢はベルンハルトの子を孕むには魔力が低すぎたのだ。

 竜王の血を継ぐトルメニア皇族は、魔力が強い者でないと子を成せない。
 特に、ベルンハルトほど竜王の血が濃く現れていると、宮廷魔術師以上の魔力を持たなければ子を成す可能性は無いに等しい。

 帝国立学園でも上位の成績を納め、魔術師団への推薦状を貰えるほどの魔力を持つ、という触れ込みで後宮入りした令嬢でも無理だったかと、宰相は肩を竦めた。

「仕方ありませんね。だからと言ってすぐに後宮から出すわけにはいきませんから、他の方同様適当に相手をしてやってください。竜帝陛下のお力を注がれたと、箔がついた令嬢の嫁ぎ先は引く手余多らしいですから」
「あんな淫乱な女は不要だ。今すぐ後宮から叩き出せ。それから無理に子を成さなくとも、既に兄上には子がいるだろう」

 面倒臭そうに言うベルンハルトに対し、宰相は溜め息を吐く。

「ラルハルト殿下の御子が次期皇帝では、血が薄れていると、よからぬことを企む輩が出てきますよ。陛下の御子が次期皇帝となることは、議会で決定されていますから。万が一の可能性に賭けて、渇れ果てるまで子作りに励んでください」

 私利私欲を満たして肥太っていた者達の粛清が終わり、次に上がった問題は皇帝の隣に立つ広告と世継ぎについて。
 竜王の血を継ぐ皇族は、長命で成人後の老化は非常にゆっくりとなる。

 ベルンハルトが皇帝に即位してから早くも十年近くが経っていたが、彼の容姿は実年齢より若々しいものだった。
 いくら彼が長命でも、正妃を娶ることも愛妾を持つこともせず子もいないとなれば、貴族達が騒ぎだす。
 水面下で牽制し合う貴族達を黙らせるため、皇帝の側近達は魔力の強い令嬢を選び妃候補として後宮入りさせているのだ。

「とっとと、陛下の番となれる方を見付けてくださいね。でなければ、陛下と私がそういう仲だという噂がさらに現実味を帯びてしまう。いくら陛下が私を好いていらっしゃるとはいえ、男は性的欲求の対象外ですから」

 くすりと笑う宰相へ、ベルンハルトは射殺す勢いで殺気をはなつも彼はそれをさらりと受け流す。

「冗談でも気色悪いことを言うな。お前が妻を娶ればいい話だろう」
「まぁそれは追々。冗談はさておき、陛下の暗殺及びに謀反を企てる動きがあると、暗部からの情報が入りました。首謀者は、やはりあの方です」

 想定内だったとはいえ、ベルンハルトの瞳の奥にほの暗い色が広がる。

「愚かなことだ。あと百年程我慢すれば、兄上にも帝位を得るチャンスはあったかもしれないのにな」

 それなりに交流があった腹違い兄弟の裏切りを知っても、大した動揺も湧き上がりはしない。

 淡々と、ベルンハルトは今後の反逆者への制裁を宰相へ伝えた。



 ***



 襖の向こう側、板張りの廊下から軽い足音が聞こえベルンハルトはテーブルの上に置かれた魔術書へ視線を落とした。

 偶然か何者かの策略か、異質な魔法により心臓が繋がってしまったのは、肩より少し長い黒髪に黒目の特に目を惹くような魅力も無い、平凡な女。
 一通りの話を聞き終えた後、暫く俯いていた女は「部屋を用意する」と言い出した。

 此処が異世界とはいえ、ベルンハルトには魔力があり威力は下がるが魔法も使える。魔法を使えばどうとでもなるのだ。
 見ず知らぬの、それも自分を傷付けた相手を放り出すこともせず世話をみようなどと、ササキカホと名乗った女は危機感抜けているのかお人好しにも程がある。
 ベルンハルトにそんな気は全く無いとはいえ、女の身でありながら自分が襲われて凌辱されることや金品を奪われる可能性がある、そんなことは微塵も考えてもいないのだろう。


 カラリ、襖が開いて佳穂が顔を覗かせる。

「お待たせしました。あの、休まれる前にベルンハルトさんの服を洗濯したいのですが……」

 遠慮がちに言う佳穂の視線の先には、ベルンハルトの血と埃で汚れた服があった。

「お疲れかと思いますが、お風呂に入ってもらえますか?」

 ご丁寧に部屋の用意と風呂の準備までしてきたらしい。
 どこまでお人好しな女だと、ベルンハルトは佳穂を見詰めた。

「風呂には、俺が一人で入るのか?」

 常に護衛や侍従に囲まれ、入浴時も甲斐甲斐しく世話を焼かれていたベルンハルトがふと、疑問に思ったことを口に出す。
 きょとんとした後、意味を理解した直ぐに佳穂の顔はみるみるうちに真っ赤に染まった。

「そ、それは無理! お風呂の使い方教えるから、一人で入って!」

 この後、真っ赤になった佳穂から風呂の使い方の説明を受けた竜帝ベルンハルトは、生まれてから初めて一人での入浴を経験するのであった。
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