高校生だけど、美術の先生を好きになりました。

 幽霊部員ばかりの部活動なのに、出席する私のためだけに先生は顔を出してくれている。
 そして今は私の絵のモデルまでしてくれている。
 本当何度も惚れ直してしまう。
 私の愛の日課になった愛の告白に、先生は「先生は先生を続けたいし駄目だよ」とのんびりした口調で答えてくれる。
 
「じゃ、私が高校卒業したら付き合ってくれる?」
 
「その頃にはきっとこんなオッサンの先生よりも格好いい男を好きになってるよ」
 
 格好いいの基準なんて人それぞれだ。私は、どんなにイケメンと騒がれているアイドルや俳優よりも先生が格好いいと思うのに、いつも信じてはくれない。
 
「好きにならないよ。私、尾賀先生のことが好きなのに」
 
「永瀬さんは、俺とどうなりたいの?」
 
「だから、真帆って呼んでよ。どうって、いっぱいデートしたりしてから結婚したい。子供もほしいな!」
 
 先生はデートの時にはどんな服で着てくれるのかな。手を繋いで歩いて、人混みでは「危ないから」と抱き寄せてくれたりとか。うん、想像するだけでにやけそうになる。
 先生と私の子供ならどんな子になるだろうか。どんな子でも可愛いだろう。
 
「……永瀬さんは恋に恋してるだけだよ。先生がたまたま助けたから、吊り橋効果的な感じで好きになった気がしてるだけ」
 
 先生はそう淡々と言う。
 
「吊り橋効果でもなんでも、好きだから」
 
「現実を見な。先生は永瀬さんよりも十一も歳上だよ。ご両親にも反対されるだろうし、友達にも趣味悪いって笑われて後悔するよ」
 
 先生は私を嫌いだとは言わない。
 彼女のいる気配もない。
 だから、ぐいぐい押せば落ちる……あ、物理的ではなく心情的にだから安心してほしい。
 まあ、少なくても私に興味を持ってくれるのではないかと思いながらも、日々を過ごしている。
 
「私の両親は恋愛結婚だけど十八歳離れてるから、我が家に挨拶に来る時に年齢差の話はしない方が無難かな」
 
 ウチの両親は仲がいい。
 母がいた会社にバイトに来た高校生の父は、一目見た瞬間恋に落ちたそうだ。
 ぐいぐい迫る美少年の父に、バージンがコンプレックスな母は恥ずかしながらも恋に落ちて、恥ずかしながらも身体を捧げて……。
 そんな健気な母に惚れ直したとか、初めての夜で私を授かったとか、父はお酒を飲むと語り出す。
 あまり閉鎖的な性教育はよくないと言われているが、あまりオープンなのもどうかと思う。
 やっぱりロストバージンは痛いらしいが、「好きな人相手だったら平気よ」とかベロンベロンに酔っ払った母が言っていた。
 そんな私は三人姉妹の一番上である。
 
「十八歳か……。干支が一回り以上違うんだ……」
 
 先生は私の両親の年齢差に素直にびっくりしている。
 まあ、このご時世さまざまなカップルがいるだろう。
 
「ちなみに二人とも初婚で、歳上なのは母です」
 
「おお……」
 
「だから、歳の差を言い訳にして私を否定しないでください」
 
 私みたいにベランダから突き落とされちゃうような鈍臭い子は嫌いだろうか。
 見た目は悪くない。クラスで一番可愛いとかまで言われているし、文化祭のミスコンに出るように方々から勧められている。
 勉強は中の中だ。
 運動神経は…………中の下、いや下の上くらいだろうか。
 胸は大きくない。母も大きくないが父は母の胸が大好きらしいので、まあ好みの問題だろう。先生の好みは知らない。
 
「あのさ……、永瀬さんは自分の魅力わかってる?」
 
「はい?」
 
「……こんなこと生徒に言うのはよくないけど、男の先生たちにも永瀬さんは可愛いって評判なんだ。独身の若い先生なんて、卒業生と結婚するのが夢だとか言う奴もいて、だから……」
 
 先生は俯いて目線を明らかに逸らしながらそう言った。
 確かに先生たちからそんな視線を向けられていたとなると、ちょっとと言うかかなりキモイどころではなく怖い。
 先生という存在は生徒にとって絶対の味方であってほしい。
 そんなこと、尾賀先生を好きな私が言うのはおかしいだろうか。
 
「……尾賀先生も、その夢持ちませんか?」
 
「先生はね、プロの画家を目指しながら先生してるんだ。賞とか狙って、仕事の合間にずっと描いてる。
 デートなんてしてる暇もないし、好きな人に貧乏な思いをさせたくないんだ。だから先生は結婚するつもりもないよ」
 
 ザ・誠実!
 素敵だぁ……。大好きだ……。また惚れ直す。
 私は先生の絵が大好きだ。神経質で繊細なのに見た瞬間に胸が暖かくなるような作風だ。
 私は先生がプロになりたいなら応援するしかない。
 
「私も稼ぎます! 二人で頑張りましょう!」
 
 日々こんなノリで、私は日々尾賀先生を好きになっていった。
 
 美術館デートなら先生も行ってくれることが判明した。
 先生は引率のつもりみたいで、「制服着てきてね」と言ってくるが、私にはデートだ。
 名画には存在感がある。圧の強い絵を見続けると息が詰まることもあるし、絵でしかないのに目が離せなくなり引き摺り込まれそうになったりもする。
 お土産はいつも先生が一つだけ買ってくれた。ものすごい子供扱いだと思ったけれど、いつも名画ポストガードを買ってもらってデートの記録にした。
 
 そんなポストカードが二十枚になって、「百枚を目指したいです!」と私が先生に言ったら、「そうだね。百枚になる頃には……、永瀬さんのこと、名前で呼べるかもな……」なんて可愛いことを言いながら、耳や首筋を真っ赤にしながら顔を逸らす先生をとても愛おしいと思った。
 歳上の男性を可愛いと思う日が来るとは思っていなかった。
「その時には頭ポンポンだけじゃなくて、ぎゅうってハグして、ちゅっちゅっしまくりましょうね!」なんて調子に乗った私に、「……………………うん」と風に消えてしまいそうなか細い声で言ってくれたのだ。
 
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