仮面夫婦のはずが、冷血御曹司の激愛で懐妊いたしました
澪の目覚め
 心地のいい目覚めだった。
 柔らかな光といい匂いがするシーツ、ふかふかの枕に澪は頬ずりをしてゆっくりと目を開く。両腕を伸ばしてうーんと伸びをした。
 よく寝た、そう思いうっすらと目を開けると、飴色の木の天井に百合の花のデザインのライトが目に飛び込んでくる。澪は自分が自宅ではなくホテルにいることを思い出した。
 ハッとしてパチッと目を開きガバッと身体を起こす。見回すと広いベッドにひとりで寝ている。そのまま澪は、頭をフル回転させて昨夜の出来事を思い出した。
 昨夜は、結婚式が無事に終わってこの部屋へ圭一郎とやってきた。いわゆる新婚初夜という状況だったが怖気付く澪に、圭一郎は無理をしなくていいと言ってくれたのだ。でも澪は、その彼を引き止めて、大丈夫だと訴えた。そしてその後キスをして……と、そこまで思い出して澪の頬が熱くなる。
 その後の出来事は衝撃的のひと言出だった。もちろん澪とて二十六歳の成人女性なのだから、年相応の知識はある。でも実際に自分がするとなると……。
 それにしても、と火照る頬を手で押さえ澪は昨夜の彼を思い出す。
 ベッドの上での圭一郎は、別人のように優しかった。
 はじめての行為の連続にいちいち戸惑い怖気付く澪を、少しも急かすことなくひとつひとつ丁寧に導いてくれのだ。その優しさに、緊張で固くなる澪の心と身体は自然と少しずつほぐれていった。
 よく知らない相手との初体験は、きっと我慢の連続だと予想していた澪だけれど、つらいことも痛いこともなにひとつなく幸せだと感じる瞬間もあったくらいだ。
 ただ最後は口もきけないくらいに疲れてしまって、記憶は曖昧。あの後、彼の方がどうしたのかまったく思い出せなかった。
 隣のシーツは乱れているから、同じベッドで寝たようにも思えるが……。
 サイドボードの時計を見るともう九時を回っている。休日の朝だとしても起きるには少し遅い時間だ。
 澪はベッドを抜け出してカーディガンを羽織りリビングへ行く。すると書斎から誰かが話す声が聞こえる。どうやら、圭一郎が電話をしているようだ。
 仕事だろう。
 そもそも新婚旅行がホテル滞在になったのは、彼の業務の都合だった。一応、彼の夏季休暇を利用していることになってはいるようだが、そこは巨大な企業の取締役なのだ。いつ何時、緊急で連絡が入るかわからない。期間中どうしても外せない件もあるから、いつでもリモートで会社と繋がれて、なんなら駆けつけることもできる国内にいる必要があったのだ。
 少し開いているドアからそっとのぞくと、ちょうど電話を終えた圭一郎が澪に気がついた。
「起きたのか。おはよう」
「お、おはようございます。すみません、寝坊しちゃいまして……」
 おそらく彼の方は随分前に起きていたのだろう。もう着替えていた。
「いや、謝る必要はない。昨日は疲れただろうし」
 そう言ってこちらにやってくる。澪の胸がどきりとした。
 圭一郎が少し心配そうに眉を寄せた。
「……身体は大丈夫か?」
「え?」
「少し無理をさせた」
 その問いかけが、昨日の夜の出来事を受けてのことだと気が付いて、澪は真っ赤になってしまう。
「あ……。だ、大丈夫です……」
 そう答えるのが精一杯だった。とてもじゃないけれど、彼の顔など見られない。
「よかった」
 圭一郎が安心したように頷いた。
「朝食にする?」
「はい……」
 なんだか変な気分だった。てっきり優しいのはベッドの中だけだと思っていたのに、朝になっても続いている。
「私、着替えてきますね。……あ、でもまだ間に合うかな。私寝坊しちゃったから」
 そう言って立ち止まり彼を見ると、なぜか彼は不思議そうな表情をしている。
「あの……もしバイキングが終わっちゃっていたらすみません」
 澪がそう謝ると、彼はなにかに気がついたような顔をした、にっこりとした。
「大丈夫。朝食は、言えば部屋へ持ってきてくれる。何時でもかまわない」
 その言葉にハッとして澪の胸がドキッとする。
 そうか、ここは特別に格式の高いホテルなのだ。澪が普段利用するホテルのように、朝食がバイキングというわけじゃないらしい。そういえば昨夜専属のコンシェルジュとやらが、そんなことを言っていたような。
 澪にとっては別世界の話だが、彼には普通のことだろう。さらにいうと坪井家のお嬢さまにとっても……。
「そ、そうでしたね。じゃあ、私着替えてきます……!」
 ろくに取り繕うこともできずに、澪は慌てて回れ右をしてそそくさと寝室へ向う。
 ちゃんとお嬢さまらしくしなくては。
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