好きとか愛とか
 「すみませんっ、失礼します!奥津壱矢ですっ、斎賀壱を迎えに───壱!!!」

挨拶の途中で私を見つけた壱矢が、ダッシュで駆け寄ってくる。
少し顔色が悪く見えるのは、照明が弱いからか。
靴を脱ぎ散らし、私のそばまで来て抱き締めようと手を伸ばしたが、触れる直前で止めて距離を取る。
あらかたの事情を聞いているから、触れることを躊躇ったのだ。
自分も男だから。
壱矢が一呼吸、深く置く。

 「触っていい?」

 「はい」

壱矢を見つめて頷いた。

 「……壱」

掠れた声で名前を呼ばれ、両手が、包み込まれた。
壱矢の額が私の額に合わさる。
男に触られるのも近づかれるのも怖いはずなのに、呼吸が触れるなんてもっての他なのに、壱矢に触れられても嫌悪のけの字も感じない。
それどころか、包み込まれる柔らかさと温もりに安らいだくらいだ。
混じりっけのない気づかいや心配は、性別をも超越してしまうのか。

 「俺がいるから…もう一人にしないから」

言われるかもしれないと考えていた、こんなことになってごめん、も、大丈夫だから、も、どちらもなかった。
ごめんと言って、迎えに行かせてしまった壱矢の責任を押し付けたくなかったのだろう。
大丈夫と言って、何が大丈夫なのか思い出すために起こったことを、なぞらせたくなかったのだろう。
はっきり訊いたわけじゃなくても、何となく、壱矢ならそう考えると思った。
多分壱矢は、そういう人だと思う。
心底傷めている人に、不安を煽るような言葉は残さない。
そんな人、だ。
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