待てない柑士にひよりあり ~年上御曹司は大人げなくも独占欲が止められない~
 そのとき、椎野さんがやってきて声をかけられる。

「おはようございます! 何ですかこれ?」

 彼女が指さしたのは、私のデスクに置かれた大きな紙袋。
 その中には、たくさん焼きすぎてしまった昨日のパンが入っている。

「あぁ、たくさん焼いたからみんなにも持ってきたの。オレンジブリオッシュ」

 そう言ってひとつ出してみると、椎野さんは可愛い歓声を上げた。

「すごい! 蜜柑もおいしそう! お店で売ってるものみたい!」
「実は祖父がパン屋をしていてね。祖父に習ったけど、私の腕なんて趣味の範囲だよ。おじいちゃんも私が作ったものは店頭には並べなかったし」

 そう言って、ふと思い出した。
 昔、祖父が私に言った言葉。

 ――大事な人ができたら、心を込めてオレンジのパンを作ってあげなさい。

「そういえば、そう言われたんだ。なんで今、思いだしたんだろう」

 私が呟くと、椎野さんはにこりと笑う。

「蜜柑の花言葉って『純粋』で、木は『寛大さ』、実は『優しさ』なんですよねぇ。私もそんな妻になりたいです」
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