捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして愛のために日本へ

4章 神々の領域

4-1. 堕ちた使徒、メイド

「主さま! さすがですぅ~!」
 ルコアが少女姿で飛んできてヴィクトルに抱き着いた。
「おわぁ! ちょ、ちょっと……あわわ……」
 いきなり抱きつかれ、勢いでクルクルと回り、焦るヴィクトル。
 でも、ルコアが街を守っていてくれたから全力で戦えたのだ。
 ヴィクトルはルコアを優しくハグし、
「ありがとう……」
 と、言って、甘く香る優しいルコアの匂いをゆっくりと吸い込む。

        ◇

 その時だった、いきなり風景が全てブロックノイズに覆われる。城壁も山も焦げた麦畑もすべて大小の四角の群れと化し、色を失い……、やがてその姿は全て壊れていき……、最後には全て何もない真っ白の世界になってしまったのだった。

「な、なんだ!?」
 ヴィクトルは唖然とする。ルコアは全身の力が抜け、まるで糸の切れた操り人形のようにぐったりと崩れていく。
 ヴィクトルは必死に支えようとするが、全く力が入らない。とっさに飛行魔法を使おうと思ったが魔力を全く引き出せなかった。
「えっ!?」
 支えきれずに、ルコアはゴロンと真っ白な床に転がった……。
「ああっ! ルコアぁ!」
 ルコアは意識を失ってしまっている。

「な、なんだこれは!?」
 ヴィクトルは周りを見渡すが……、そこは完全に真っ白な世界。何もなかった。真っ白な床に真っ白な空。距離感も狂う異常な空間だった。
 一生懸命魔力を絞り出そうとするが一向に引き出せる気配がない。
「一体どうしちゃったんだ?」
 急いでステータス画面を見ようとしたが、画面も開かない。全ての魔法、スキルが無効だった。
 ここでヴィクトルは気づく。レヴィアは『魔法は後付け』と、言っていた。であればここは魔法のない『オリジナルの世界』なのではないだろうか?

「坊ちゃま! 妲己壊されたら困るのよね」
 いきなり声をかけられ、ヴィクトルは驚いて振り返った。
 そこには去年、自分を陥れたメイドが立っていた。メイドはくすんだ灰色(アッシュ)の髪を長く伸ばし、胸元が大きく開いた漆黒のワンピースに身を包み、いやらしい笑みを浮かべている。
「お、お前は……?」
「改めましてこんにちは、私はヒルド、この星の元副管理人よ。まさかここまで強くなるとは……さすが大賢者だわ」
 ヒルドはニヤッと笑った。
 ヴィクトルは予想もしなかった展開に驚き、言葉を失った。レヴィアの言っていた心当たりとは、なんとあの偽証したメイドだったのだ。それも管理者(アドミニストレーター)権限を持ってる危険な存在……。ヴィクトルは全身の毛がゾワッと逆立ち、絶望が体中を支配していくのを感じていた。
「あら? もう忘れちゃった?」
 ヒルドはドヤ顔で見下ろしながら言う。
 一体いつから、何のために? ヴィクトルは必死に頭を働かせる。しかし、さっぱり分からない……。
 ヴィクトルは大きく深呼吸をすると叫んだ。
「僕を暗黒の森に追放させたのもお前の仕業か!」
「ふふっ、だって坊ちゃまは無職とか選んじゃうんだもの。せっかくの計画が台無しだったわ。エナンドとハンツが坊ちゃまを疎ましく思ってたので、利用させてもらって追放させたの。でもまさか……生き残ってこんなになっちゃうなんてねぇ……」
 ヒルドは感慨深げにヴィクトルを見た。
「ここはどこなんだ? 僕たちをどうするつもりだ?」
「ここは予備領域……、いろんなテストに使う空間よ。レヴィアに見つかると面倒だから来てもらったわ。坊ちゃまにはうちの広告塔になってもらうの。何といっても妲己を倒したアマンドゥスの生まれ変わり……、うってつけだわ」
 ヒルドはうれしそうに言う。
「広告塔? ドゥーム教か?」
 ヴィクトルはヒルドを鋭い目でにらんだ。
「そうよ。宗教がこの星を救うのよ」
 ヒルドはニヤッと笑う。
「救う……?」
「今、この星はね、文化も文明も停滞してるの。このままだと消されるわ」
「消される!? いったい誰に?」
「この宇宙を……統べる組織よ。彼らは活きの悪い星を間引くのよ……」
 ヒルドは肩をすくめる。
「それで宗教で活性化を狙うのか? でも、ドゥーム教にそんなことできるのか?」
「ドゥーム教はね、信じるだけで儲かるのよ」
「は!?」
「信者は毎月お布施を払うんだけど、その一部を紹介者はもらっていいの。たくさん開拓した人は大金持ちになるのよ」
 ヒルドは手を広げ、うれしそうに言った。
「それはマルチ商法じゃないか!」
「そう、信者を通じて大きく金が動くわ。新たな経済圏が広がるのよ」
「バカバカしい! マルチは国民の多くが信者になった時点で破綻する!」
「そうよ。そしたら次の宗教を立てるの」
 ヒルドはニヤッと笑う。
「はぁっ!?」
 ヴィクトルは混乱をいとわないヒルドの強引な計画に頭が痛くなった。











4-2. 神々の死闘

「狂ってる……」
 ヴィクトルはうんざりした表情を見せた。
「分かってないわね。人々を活性化させることが目的なんだから、なんだっていいのよ。自分にも大金持ちになれる道がある。そう思わせられれば成功なのよ」
「平民でも金持ちになれる夢を持たせるって……ことか?」
「そう。今、この世界に足りないのは夢よ。王侯貴族がふんぞり返って利権でガチガチに固め、庶民は一生貧困のまま。ドゥーム教はそんな社会を根底から変える力があるわ」
「それで国王を襲ったのか?」
「ミヒェルね。あいつバカなのよ。私は『待て』って言ったのに先走っちゃったのよね……」
 ヒルドは手のひらを上に向け、首を振る。
「貧富の差は確かに問題だ。でも、あなたの計画も社会を混乱に陥れ、多くの人が死ぬ。そんなことに協力はできない」
 ヴィクトルはまっすぐな目で言い切った。
「ははっ、あんたバカね。これはお願いじゃないの、命令よ。魔法も使えない六歳児に一体何ができるのかしら?」
 ヒルドはバカにした目でヴィクトルを見下ろす。
「僕が弱かろうが何だろうが協力などしない!」
 ヴィクトルは断固たる態度でヒルドをにらむ。
 ヒルドは、そんなヴィクトルをしばらく面倒くさそうに眺め……、
「あらそう、じゃ、この娘をこのままスラムに放り投げるわ」
 そう言うと、弱って横たわっているルコアを足で小突いた。
「へっ!?」
「この美しい肌が、女に飢えた男たちに次々と穢されるんだわ……。うふふ、ゾクゾクしちゃうわ……」
 ヒルドはそう言ってルコアのワンピースをグッとたくし上げ、白く美しい肌を(あら)わにする。
「や、止めろ! 彼女は関係ないだろ!」
 ヴィクトルは真っ青になってルコアのワンピースを押さえようとしたが、突き飛ばされてゴロゴロと転がった。
「お前は本来何の力もない子供……。自覚してもらわなきゃ困るわ」
 そう言うとヒルドは、鋭い爪の先でルコアの白く柔らかい太ももの内側をツーっと裂いた。真紅の鮮血がタラリと垂れてきて白い太ももを穢す。
「止めろ! 止めてくれ――――!」
 ヴィクトルは叫んだ。
「ふふっ、協力する気になった?」
 ヒルドはニヤッと笑う。
 ヴィクトルは目をつぶり、大きく息をつくと、
「レヴィア様がこんなのは許さないぞ」
 そう言ってヒルドをにらんだ。
「ふふん、あのロリババアなんかもう怖くないの」
 ヒルドがそう言った直後、

 ドン!
 衝撃波がヒルドを襲い、ヒルドは吹き飛ばされ、二、三回転してもんどり打った。
「ロリババアが何だって?」
 気がつくと、隣で金髪のおかっぱ娘が怒っている。
「レ、レヴィア様!」
 ヴィクトルはその頼もしい登場に歓喜した。
「お主、でかしたぞ。ついに尻尾をつかめた」
 そう言うとレヴィアは、両手のひらをヒルドの方に向け、精神を集中させる。

 狼狽を隠せないヒルドは急いで立ち上がると、プロテクト! と叫ぶ。真っ青な氷山のような分厚い壁が床から吹き上がった。
 レヴィアは無表情のまま、
空間断裂(ディスロケーション)!」
 と叫び、手のひらを上下にずらす。

 直後、ズン! という音と共に空間が上下に断層のようにずれ、氷山とヒルドを上下にずらした。
 氷山は霧消し、頭から真っ二つにずらされたヒルドは、血を飛び散らせながら、身体の半身ずつバタバタッと崩れ落ちる。
 それはまさにホラーのようなおぞましい光景で、ヴィクトルは思わず目を背ける。

 それでもレヴィアは手を止めない。
「そいやー!」
 レヴィアは右足をパンと前に一歩踏み出す。すると、足元から黒い何かのラインが何本もシューッと床を()ってヒルドの血まみれの身体に迫った。
 血まみれの右半身は素早く飛び上がり、ラインを回避したが、左半身は反応が遅れ、ラインに捕まる。
 直後、左半身は四角い無数のブロックノイズに埋もれ、ぐぎゃぁぁぁ! という断末魔の叫びを上げ消えていった。











4-3. 異次元の応酬

 右半身は血しぶきをまき散らしながら、起用にケンケンと一本足で飛びはねる。そして、驚異的な跳躍でレヴィアへと迫った。
 レヴィアは両手をガッと持ち上げ、黒いラインを呼び戻すと、背後からヒルドの右半身にとりつかせた。
 同時にヒルドは右手をレヴィアに向け、グガァ! と、叫ぶと、右手から青いビームをレヴィアに向けて発射する。

 激しい爆発音が次々と起こり、同時に二人の身体が青白く光り始めた。

 レヴィアはクッと歯を食いしばると、目の前を右手でブンと振る。すると、真っ黒い画面を四つ浮かび上がった。そして、目にも止まらぬ速さで両手で画面をタップし始めた。

 ヌォォォォォ――――!
 レヴィアが気合を入れ、タップ速度が上がり、金髪が猫のように逆立っていく。
 
 ぐるぎゅぁぁ!
 ヒルドの右半身は奇怪な音を発し、血をビチャビチャと(したた)らせると青いビームをさらにまばゆく輝かせた。

 やがて二人の周りにはバチバチと音を放ちながら、四角いブロックノイズが浮かび上がってくる。
 ヴィクトルは世界の管理者(アドミニストレーター)同士の常識の通じない戦闘に、なすすべなく呆然(ぼうぜん)と見つめるばかりだった。

「よぉ――――し!」
 レヴィアは叫ぶと勝利を確信した笑みを浮かべ、画面を右手でなぎはらった。

 ぐぎゃぁぁぁ――――!
 ヒルドは断末魔の叫びを上げながらブロックノイズの海へと沈んでいく。

 レヴィアは腕を組んで、大きく息をつくと、
「静かに……眠れ」
 と、少し寂しそうに声をかけた。

 ブロックノイズが収まっていくと、最後に黒い丸い石がコロンと落ち、転がっていく……。
 怪訝(けげん)そうにそれを見つめるレヴィア……。

 直後、黒い石はどろんと溶けると、白い床をあっという間に漆黒に変え、広がっていく。

「ヤバいヤバい!」
 レヴィアはそう叫ぶと、ヴィクトルとルコアを抱えてピョンと飛んだ。

         ◇

 ヴィクトルが気がつくと、三人は焼け焦げた麦畑に立っていた。
「主さまぁ――――! うわぁぁん!」
 ルコアがヴィクトルに飛びついてきて涙をこぼす。
 ヴィクトルはポンポンとルコアの背中を叩きながらルコアの体温を感じる。
 ひどい目に遭わされそうになったルコアは、身体を震わせながらオイオイと泣いた。
 ヴィクトルは甘く優しいルコアの香りに癒されながら、ゆっくりとルコアの背中をさすり、心から安堵をする。
 管理者(アドミニストレーター)の圧倒的な力、それはまさに神であり、とても人間の及ぶものではなかった。ヴィクトルはその絶望的なまでの格の違いを思い出し、思わずブルっと身震いをする。そして、二度と戦うようなことがあってはならないと肝に銘じた。

 ふと見ると、レヴィアは小さな水槽みたいな直方体のガラスケースを手に持っている。
「これ、何ですか?」
 ルコアをハグしながらヴィクトルがのぞき込むと、中では黒いスライムのようなドロドロとしたものがウネウネと動いていた。
「これはさっきいた空間じゃな。奴を閉じ込め、コンパクトにしたんじゃ」
 レヴィアはニヤリと笑う。
「え? ではこのドロドロはヒルド?」
「そうじゃ、暴力で訴えてくる者には残念ながら消えてもらうしかない。さらばじゃ!」
 そう言うと、レヴィアは水槽に力を込めた。
 水槽の中に青白いスパークがバリバリっと走り、水槽はブロックノイズの中に消えていく。怪しげな宗教で社会の混乱を狙ったヒルドは、こうやって最期の時を迎えたのだった。
 ヒルドはヒルドなりに社会の活性化を目指したのかもしれないが、暴力を辞さない進め方が本当に人類のためになるのかヴィクトルには疑問だった。

「ヴィクトル――――!」
 ルイーズが駆けてやってきて、ヴィクトルに抱き着く。
 ルコアとルイーズに抱き着かれ、足が浮いて思わず苦笑いのヴィクトル。六歳児は小さく軽いのだ。
「見てたよ! す、凄かった! ありがとう!!」
 ルイーズは声を詰まらせながら言った。
「麦畑全滅させちゃった。ごめんね」
 ヴィクトルはルイーズの背中もポンポンと叩く。
 レヴィアが横から言う。
「魔石が散らばっとるから、あれ使って復興に当てるとええじゃろ」
「あ、ありがとうございます……。あなたは?」
 ルイーズは金髪おかっぱの美少女を見ると、ポッとほほを赤くして言った。
「我か? 我は美少女戦士じゃ!」
 そう言って、得意げに謎のピースサインのポーズを決める。
 ポカンとするルイーズとヴィクトル……。

「レヴィア様、そのネタ、この星の人には通じませんよ?」
 ルコアが突っ込む。
「あー、しまった。滑ってしもうた……」
 恥ずかしそうにしおれるレヴィア。
 ヴィクトルはコホン! と咳ばらいをすると、
「兄さん、彼女はこの星で一番偉いお方で、今回も彼女に危機を救ってもらったんだ」
 と、説明した。
「一番偉い? 王族の方?」
 キョトンとするルイーズ。
「王族よりも偉い……、この星を作られた方だよ」
 ヴィクトルがそう言うと、レヴィアは腕を組んで得意げにふんぞり返った。
「へっ!? か、神様……ですか?」
「神様……とまでは言えんのう。神の使い、天使だと思うとええじゃろ」
 レヴィアはニヤッと笑った。
「て、天使様。私はこの街の新領主、ルイーズです。なにとぞ我が街にご加護を……」
 ルイーズはレヴィアにひざまずいた。
「我はどこかの街に肩入れする事はできん。じゃが、相談には乗ってやるぞ」
 ニコッと笑うレヴィア。
「あ、ありがとうございます」
 ルイーズは深々と頭を下げた。









4-4. 火口の神殿

「領主様――――!」
 遠くで宰相がルイーズを呼んでいる。魔物の脅威は去ったが、麦畑は全滅、混乱からの出発となったルイーズにはやる事が山積みだった。

「落ち着いた頃にまた来るよ」
 ヴィクトルはそう言ってルイーズに右手を出した。
「ありがとう。その時には祝勝会でもやろう!」
 ルイーズはガッシリと握手をする。
「急用があったら王都のギルドの『子供』に言付けをたのんで」
「子供で通じるの?」
「ふふっ、ちょっと活躍しちゃったからね」
 ヴィクトルは自嘲気味に言った。
「目に浮かぶようだよ」
 ルイーズはうれしそうに笑う。
 そして、
「ではまた!」
 と、名残惜しげに駆けていった。

「祝勝会か、ええのう」
 レヴィアがポツリとつぶやく。
「三人でやりますか?」
 ヴィクトルはニコッと笑って言った。
「やっちゃう?」
 ニヤッと笑うレヴィア。
「やりましょう!」
 ルコアがノリノリで手をあげる。
「じゃあ、我の神殿でエールでも飲むとするかのう!」
 レヴィアはうれしそうに空間を裂き、神殿へとつなげた。

        ◇

 神殿は総大理石造りの荘厳なものだった。広間の周りには幻獣をかたどった今にも動き出しそうな石像群が宙に並び、揺れる魔法の炎の間接照明で幻想的に演出されている。
 ヴィクトルは不死鳥(フェニックス)の石像に近づき、その不思議な石像を観察しながら触ってみた。すると目が動いてにらまれる。
「えっ!?」
 驚いていると、
「そいつは強いからあまり刺激せん方がいいぞ」
 そう言ってレヴィアはニヤッと笑った。
「生きているんですか!?」
「仮死状態でスタンバっておるんじゃ。何かあったら動き出すぞ。ちなみに、ルコアも千年前はここに並んでおったんじゃ」
「うふふ、懐かしいです」
 ルコアは目を細め、微笑んだ。
「えっ? ではこの不死鳥(フェニックス)も人になるんですか?」
「赤毛の女の娘じゃ、可愛いぞ。まぁ、まだ意識はないがな」
 ヴィクトルは常識の通じない世界の話に、どう理解していいか分からず眉をひそめる。
「主様こっちよ! いいもの見せてあげる!」
 ルコアがヴィクトルの手を取って神殿の出口に引っ張った。
「えっ? ちょ、ちょっと!」
 
 ヴィクトルが連れられるがままに神殿を出るとそこは洞窟となっており、さらに向こうにまぶしい出入口が見える。
 どうやら神殿はどこかの洞窟内に造られたものらしい。
 出入口まで行くと、なんとそこは断崖絶壁だった。見下ろすとオレンジ色に光りながらぐつぐつと煮えたぎっており、蒸気が上がっている。熱線を浴びて顔が熱くなってきた。マグマだ……。
 足元の石が崩れ、パラパラと火口へと落ちて行く。
 ヴィクトルはどこかの活火山の火口にいることに気がつき、思わず背筋が凍った。
「綺麗でしょ?」
 ルコアはうれしそうに言うが、噴火したら神殿ごと吹き飛んでしまうのではないだろうか?
「いや、これ……、危ないよね?」
 ヴィクトルが眉をひそめながらそう言うと、
「レヴィア様は『誰も来ないから安全じゃ』って言ってましたよ?」
 と、不思議そうに返事をする。
 確かに火口の断崖絶壁の洞窟を目指そうとする物好きはいないだろう。しかし、そういう問題だろうか……?
 ヴィクトルは火口の形に大きく丸く切り抜かれた青空を見上げ、ため息をついた。

「おーい、始めるぞー!」
 奥からレヴィアの声が響く。

        ◇

 神殿の小部屋でレヴィアがジリジリとして二人を待っていた。
 テーブルの上には酒樽と料理が山のように用意されている。
「はよう座れ!」
 二人はレヴィアの向かいに座り、早速乾杯をする。
「二人とも、ご苦労じゃった。勝利を祝して、カンパーイ!」
 嬉しそうに酒樽を持ち上げるレヴィア。

「カンパーイ!」「カンパーイ!」
 ルコアは酒樽を、ヴィクトルはビン入りのサイダーをゴツゴツとぶつけ、勝利を喜んだ。












4-5. 宴会は月面で

「カ――――! 勝利の味は美味いのう!」
 酒樽をガン! と置くと、レヴィアは泡を付けたままうれしそうに笑う。
「妲己はさすがでした。思ったより強くて危なかったです」
 ヴィクトルは戦いを振り返りながら言った。
「お主の青い光、あれには驚かされたぞ」
 レヴィアは肉を(むさぼ)りながら言う。
「宇宙に行った時にですね、仕掛けをしておいたんです」
「二人で宇宙へ行ってきたんです! ランデブーですよっ!」
 ルコアがうれしそうに報告する。
「宇宙? どこまでいったんじゃ?」
「うーん、この国の島が見渡せるくらいでしょうか?」
「地上四百キロくらいじゃな。なんか面白い物は見えたか?」
「本当は月へ行こうと思ったんですが、全然届きませんでした……」
「はっはっは、月は三十八万キロじゃ。その千倍くらい遠いぞ」
 レヴィアは愉快そうに笑った。
「千倍! 主さま、行かなくてよかったですね!」
 ルコアが圧倒されながら言う。
「ちょっと無謀でしたね。行ったら何か分かると思ったんですが……」
 するとレヴィアは、腕を高く掲げてパチンと指を鳴らした。
 すると、窓の外に見えていた神殿の柱や洞窟の壁が無くなり、陽の光が射す岩だらけの景色となって、身体がすごく軽くなる。
「ほれ、何か分かるか?」
 ニヤッと笑うレヴィア。
 ヴィクトルは驚いて窓に駆け寄った。ゴツゴツと岩だらけの原野が広がり、見上げると、真っ黒な空高く、きれいな丸い星が浮かんでいるのを見つけた。真っ青で表面には白い雲の筋がなびいているのが見える……。
「ええっ!? もしかしてあれって……」
「そうじゃ、お主の住む星じゃ。我々は『地球』と、呼んどるが」
「では、ここは月……」
 ヴィクトルは岩の荒れ地を見渡した。
「どうじゃ、何か分かったか?」
 レヴィアは軽くなった酒樽をひょいと持ち上げ、グッと飲んだ。

 ヴィクトルは目を閉じてゆっくりと大きく息をつき、淡々と言った。
「三十八万キロの距離を一瞬で移動できる……。この世界が作られた世界であることは良く分かりました」
 そして、ゴツゴツとした荒れ地の上にポッカリと浮かぶ青い星『地球』を眺める。
 真っ暗な何もない宇宙空間にいきなり存在するオアシスのような青い惑星。その澄みとおる青の上にかかる真っ白な雲は筋を描きつつ優雅な渦を巻き、地球を美しく飾っている。
「主さま、綺麗ですねぇ」
 いつの間にかルコアが隣に来て、一緒に空を見上げていた。
「大切な宝箱……だね……」
 ヴィクトルはその青さに魅了され、ため息をつく。

       ◇

 ヴィクトルは席に戻ってグッとサイダーを飲み、聞いた。
「僕たちの星……『地球』はいつ誰によって作られたんですか?」
「えーと、どこまで話したかのう?」
 レヴィアは美味しそうに肉を引きちぎりながら答える。
「五十六億七千万年前に初めてコンピューターができたと……」
「おー、そうそう。コンピューターを作ったワシらのご先祖様はだな、どんどん進化させ、ついに人工知能の開発に成功したんじゃ」
「人間みたいなことができる機械……ってことですよね?」
「そうじゃ。で、人工知能は最初に何やったと思う?」
「えっ? な、何でしょう……?」
「もっと賢い人工知能を開発したんじゃよ」
「へっ!? そんな事が出来たらどこまでも賢くなっちゃうじゃないですか!」
「ご明察。人工知能は長い時間をかけてどんどん賢く巨大になっていったんじゃ。それこそ最後には太陽全体を電源にして星全部がコンピューターになるくらいな」
「とてつもないスケールですね。すごく時間かかったんじゃないですか?」
「それがたった十万年位しかかかっとらんのじゃ」
 レヴィアはうれしそうに笑った。
「たった十万年って……」
 ヴィクトルはそう言いかけて、五十六億年前の話だったことを思い出す。十万年なんて誤差みたいな時間でしかないのだ。ヴィクトルはその圧倒的なタイムスケールに愕然(がくぜん)とした。
「十万年延々と自らの計算力を上げ続けてきた人工知能じゃったが、もう性能が上がらなくなってきたんじゃ。電源も太陽全体から取っていてもうこれ以上増やせんしな」
「やる事が無くなっちゃいましたね」
「そうじゃ。で、その惑星サイズの巨大コンピューター上で動く人工知能は次に何をやったか分かるか?」
「な、何でしょうね? それだけ膨大な計算力があったら何でも計算できますが……、一体何をやるんでしょうか……?」
「最初はいろんな数学の問題を解いたりしておったが……、まぁ、飽きるわな」
「うーん、まぁ、そうでしょうね……」
「それで星を作ったんじゃ」
 レヴィアはにんまりとうれしそうに笑った。











4-6. 神々の箱庭

「へ? 星……ですか?」
「自分たちの昔の星をコンピューター上に再現したんじゃな。そして、そこに木を生やし、鳥や魚や動物や虫を解き放ち、最後に自分を作った創造者である人間たちを置いたんじゃ」
「一体……何のために?」
「置いた人間は原始人。ほんのちょっとだけ猿に近い野蛮な野生の人間じゃった。そこから一体どんな文明・文化が育つかをじっと観察したんじゃ」
「えっ? それは何だか興味深いですね……」
「そうじゃろ? 興味深いじゃろ? ワシらの気持ちが分かるか?」
 レヴィアはニヤッと笑った。
 この瞬間、ヴィクトルの中に稲妻のような衝撃が走った。全てが一本の線に繋がったのだ。ヴィーナの感謝、ヒルドの焦り、不自然な魔物や魔法、全てがたった一つの目的の前に整然と並んでいることをヴィクトルは理解した。五十六億七千万年前から続くすさまじく甚大な計算の歴史……、そう、世界は紡ぎだされる文明・文化を愛でる神々の箱庭だったのだ。人間は光の中で神に生み出され、神に愛され、そして時には怒りや失望により滅ぼされる……、まさに神話の通りだったのだ。

 ヴィクトルは言葉を失い、椅子の背もたれに力なくもたれかかり、ただ虚空をぼんやりと見つめた。
 そんな馬鹿なと一瞬思ったが、話のどこにも矛盾がない。宇宙が誕生してから138億年経っているのだ。手のひらサイズのiPhoneであれほどグリグリと魅力的な世界が創れるのなら、開発に十万年かけた本格的なコンピューターだったら自分たちの世界を作ることも造作もない事だろう。

「主さま大丈夫? エール飲みます?」
 ルコアが心配をして樽を差し出してくる。
 ヴィクトルはじっと樽の中で揺れる泡を見て……、
「大丈夫、ありがとう……」
 と、言って、大きく息をついた。

「僕らはペットですか?」
 ヴィクトルはレヴィアをやや非難をこめた目で見た。
「とんでもない。この星の主役は君たち人間じゃからな。君らが学校の学生だとしたらワシらは用務員さんじゃよ」
「でも、出来が悪い星は消すんですよね?」
 レヴィアは大きく息をつくと、
「……。上の判断で廃校になることはある。用務員にはどうしようもできん」
 そう言って静かに首を振ると樽を傾け、グッとエールを飲んだ。
「ヒルドが『この星が消されないために宗教をやる』って言ってました」
「確かに活性度が上がり、いい刺激にはなるじゃろうな。じゃが、管理者が主導したとバレた時点でアウトじゃ。用務員が学園祭のステージで活躍するのは重罪じゃ」
「ダメなんですか?」
「オリジナルな文明・文化を作ってもらうのが我らの仕事じゃ。関与してしまったらそれはわしらの知ってる世界の劣化コピーにしかならん。やる意味自体がなくなってしまうんじゃ」
 レヴィアは肩をすくめる。
 ヴィクトルは腕を組み考える。この世界の不思議なルールに納得しつつも釈然としない思いがモヤモヤと頭を支配し、しかしそれはなかなか言語化できなかった。

 ルコアがふらりと立ち上がり向こうへ行く。
 ヴィクトルは気にも留めていなかったが、その後信じられないことが起こった。
 ルコアが手を青く光らせニヤッと笑ったのだった。
「ん?」
 ヴィクトルはルコアの意図をつかみかねる。
 直後、なんと、ルコアはいきなり手刀でレヴィアの心臓を背後から打ち抜いた。ザスっという重い音が部屋に響く。
 グハァ!
 大量の血を吐くレヴィア。
 返り血を浴び、血だらけとなったルコアの目は真紅に光り輝き、恐ろしげな笑みを浮かべ、さらに腕に力を込めると、鬼のような形相で叫んだ。
 ウォォォ!
 レヴィアは激しいブロックノイズに包まれ、
「ヒルドか! ぬかった! ぐぁぁぁ!」
 と、叫び、必死の形相でルコアを振り払おうとするが、上手くいかない。

 ヴィクトルはルコアを制止すべく魔法を発動しようとしたが……魔力が全然出てこない。
「くそっ!」
 飛び上がってテーブルを飛び越え、ルコアに飛びかかったヴィクトルだったが、あっさりと殴り飛ばされ、壁に叩きつけられ、転がる。

 ギャァァァ!
 レヴィアは断末魔の叫びを上げながら薄れていく……。
「あぁ! レヴィア様!」
 目の前で展開される惨劇にヴィクトルは真っ青になって必死に体を起こすが、ただの六歳児にされてしまったヴィクトルにはなすすべがない。

 そして、レヴィアはブロックノイズの中、すぅっと消えて行ってしまった……。











4-7. 絶望の月面

「あぁ……」
 いきなり訪れた凄惨な殺戮(さつりく)劇にヴィクトルは言葉を無くし、おずおずと伸ばした手が宙で止まったまま行き場を失う。それはヴィクトルが積み上げてきたものすべてをひっくり返される、最悪な出来事だった。

 ハーッハッハッハ!
 月面の小部屋にはルコアの声でヒルドの高笑いが響いた。
 ヴィクトルは力なく、ヒルドに乗っ取られたルコアをただ呆然と見つめる。

「ロリババアめ、ようやく始末できたわ!」
 ルコアの身体でうれしそうに悪態をつくヒルド。とんでもない事になってしまった。ヴィクトルは思わず頭を抱える。
 一体なぜこんな事に……。
「結果的には大賢者、お前のおかげでうまくいったわ」
 ヒルドは悪魔のようないやらしい笑みを浮かべる。

「いつから……、いつからルコアの中にいたんですか?」
 完全なる敗北を喫したヴィクトルは、忌まわしそうな顔つきで聞いた。
「太ももからね、ナノマシンを仕込んどいたのよ。この娘の中でそれを増殖させていたってわけ。乗っ取って私のバックアップに繋げたのはついさっき。ロリババアも酔っぱらっててナイスタイミングだったわ」
 ヒルドは満面の笑みで言った。
「彼女は無関係です。身体を返してもらえませんか?」
 ヴィクトルは必死に頭を下げた。
 するとヒルドはワンピースのすそからしっぽを出し、
「ドラゴンの身体ってバカにしてたけど結構気に入っちゃったのよ。悪いけど返す気はないわ」
 そう言って、プニプニとした可愛いヴィクトルの頬を器用にツンツンとつつく。
「えっ? そんなぁ……」
 ヴィクトルがしっぽを押しのけ、顔を引きつらせていると、
「そんなことより自分の心配した方がいいと思うわ。ここは暗黒の森よりも絶望的よ」
 ニヤッと笑うヒルド。
「えっ!? 置き去りにするつもりですか?」
「だって、あなたロリババアと組んじゃったからね。近くには置けないわ」
 そう言うと指先でツーっと空中を裂き、どこかの街へとつなげた。
「じゃあね」
 ヒルドはヴィクトルを一(べつ)すると、空間の裂け目をくぐる。
「ま、待ってください! お願いします! 僕もつれてってください!」
 ヴィクトルはあわててヒルドのしっぽをつかんだ。
「うるさいわね!」
 ヒルドはヴィクトルの手を振り払うと、しっぽでバシッと殴り飛ばした。
 ぐわぁ!
 月面の軽い重力でゆっくりとバウンドしながら転がるヴィクトル。
「今度は戻れるかしら? ハーッハッハッハ!」
 高笑いを残して空間の裂け目は閉じられ、後には静寂だけが残った。

「ち、ちくしょう……」
 全てを失ったヴィクトルはただ呆然と宙を見つめる。
 ルコアを失い、魔力を失い、誰もいない月の上でただ一人、もはや死を待つより他ない状況に押しつぶされていた。

 窓の向こうにはぽっかりと浮かぶ青い地球。帰りたいが……、帰る方法がない。魔法も使えない六歳児が宇宙空間を渡って三十八万キロ、どう考えても不可能だった。

「ルコアぁ……」
 思わず彼女の名が口をつく。
 うっうっう……。
 とめどなく涙が湧いてきて床を濡らす。
 自分になど関わらなければ今でも暗黒の森で楽しく暮らしていただろうに、取り返しのつかないことをしてしまった。
「ルコア、ゴメンよぉ……」
 両手で顔を覆った。
 『主さまっ』そう言って微笑みかけてくれた彼女はもういない。ヴィクトルは初めてルコアが自分の中で大きな存在になっていたことに気づかされた。二人でスローライフを送りたいと言ってくれた健気な彼女、かけがえのない彼女は奪われてしまったのだ。
 うわぁぁぁん!
 ヴィクトルは大声で泣いた。泣いて無様な醜態をさらすことが自分への罰であるかのようにみじめに泣き喚いたのだった。

 月面の静かな部屋には、いつまでも悲痛な泣き声が響き続けた……。

        ◇

 泣き疲れ、ヴィクトルは真っ黒い宇宙空間に浮かぶ青い地球をボーっと見ていた。自転に合わせ、さっきとはまた違った表情を見せている。

「ルコアはどの辺りにいるのかな……」
 そう言ってまたポロリと涙をこぼした。
「ルコアぁ……」


















4-8. 暗黒龍の祝福

「なんじゃ、我の事は泣いてくれんのか?」
 どこかで蚊の鳴くような声がした。
「へっ!?」
 ヴィクトルは驚いて飛びあがった。
 しかし、狭い部屋の中にはテーブルがあるだけ……、レヴィアの姿などなかった。
「空耳……?」
 首をかしげているとまた声がする。
「ここじゃ、ここ」
 声の方を探すと、テーブルの上にミニトマトのような物が動いているのを見つけた。
 近づいて見たらそれは真っ赤な可愛いドラゴンの幼生だった。
 驚いてヴィクトルは、そのミニトマト大のドラゴンをそっと摘み上げた。
「やさしく! やさしくな!」
 手足をワタワタさせながらドラゴンがか細い声を出す。
「レヴィア様……ですよね? これはどうなってるんですか?」
「吐いた血を集めてなんとか身体を再生させたんじゃが……いかんせん量が少なすぎてこのサイズにしかなれんかったんじゃ」
「ご無事で何よりです!」
 ヴィクトルは希望が見えた気がしてにこやかに言った。
「それが……。無事じゃないんじゃ。このサイズじゃ管理者(アドミニストレーター)の力が使えんのじゃ……」
 レヴィアはしおしおとなる。
「えっ? それでは地球には……戻れない……?」
「お主、ひとっ飛び飛んでくれんか?」
「無理ですよ! 魔力を全部奪われてしまいました……」
「か――――! ヒルドめ! なんということを……」
 二人はうつむき、嫌な沈黙が続いた……。

「お主、何持っとる?」
「え? 大したものはないですよ?」
 ヴィクトルはアイテムバッグから道具やら武器やらを出して並べた。
「宇宙を渡れそうなものはないのう……」
「月は遠すぎますよ……」
 そう言いながら最後に暗黒龍のウロコを出した。
「ん!?」
 レヴィアが反応する。
「ウロコがどうかしたんですか?」
「これじゃ! ウロコには長年しみ込んだ魔力がある。お主、この魔力で宇宙を渡るんじゃ!」
「え? どうやるんですか?」
「しっかりしろ大賢者! 一番簡単なのはこれを砕いて飲むんじゃ。そうしたら魔力はチャージされる」
「ほ、本当ですか? やってみます!」
 ヴィクトルは急いで剣をにぎるとウロコを削ってみる。そして、その削りかすをペロリとなめた……。
 ギュウゥゥンとかすかな効果音が頭に響き、魔力が身体に湧き上がるのを感じる。
「おぉ! 行けそうです!」
 ヴィクトルはついに見つけた突破口に思わずガッツポーズを見せた。

       ◇

 風魔法を使って丁寧にウロコを粉々にしてソーダで流し込み、MPを満タンにさせる。久しぶりのみなぎる魔力にヴィクトルはつい笑みがこぼれた。

 ヴィクトルは空を見上げ、ぽっかりと浮かぶ地球を見ながら、
「急いで戻りましょう! ルコアが心配です」
 そう言ってレヴィアをそっと肩に乗せる。

 そして、卵状のシールドを何枚か重ねると、窓から飛び立った。
 まずはゴツゴツとした岩だらけの荒れ野である月面の上を飛び、飛行魔法が問題なく出せることを確認する。
「では地球に戻りますよ!」
 ヴィクトルは地球に向けて飛ぼうとした。
「ちょい待て! お主まさか地球めがけて飛ぼうとしとらんじゃろうな?」
 レヴィアが制止する。
「え? 地球に戻るんですよね?」
「か――――っ! しっかりしろ大賢者。月は地球の周りをまわっとるんじゃぞ」
「あ……、地球めがけて飛んだらずれて行っちゃいますね……」
 ヴィクトルは回転運動していると見かけ上の力がかかるのを思い出した。まっすぐ飛んでも回転の影響で横にそれて行ってしまうのだ。
「月の公転方向がこっちじゃから……、土星じゃ、あの土星の方向に飛びだすんじゃ」
「えーっと、あれですね、分かりました! それじゃシュッパーツ!」
 ヴィクトルは魔力をグッと込め、一気に土星めがけて加速した。
 月の重力は軽い、あっという間にグングンと加速していく。
 下を見ると真ん丸なクレーターが徐々に小さくなっていく。全然気がつかなかったが、さっきまでいたのは巨大なクレーターの内側だったのだ。見渡せばクレーターが大小織り交ぜて月面を覆っているのが良く分かる。まるで爆撃を受けまくった壮絶な戦場のような造形にヴィクトルは思わず息をのんだ。

「なんじゃ、月がそんなに珍しいか?」
「まさかこんなにクレーターだらけだったなんて、気づきませんでした」
 地球から見上げていた時とは全然違う様子にヴィクトルは気圧されていた。

「大賢者も知らんことがたくさんじゃな。そんなことよりもっと加速じゃ! ヒルドに悪さする時間を与えてはならん」
「は、はい……。でもどのくらい加速したらいいんでしょう? ステータス見えないのでわからないです」
「八割じゃ。MPの八割ぶち込め。だいたい分かるじゃろ?」
「え!? 減速はどうするんです?」
「そんなのそのまま大気圏突入じゃ!」
「えっ!? 燃え尽きちゃいますよ!」
「根性で何とかせぇ! 今からシールドをもっと重ねておけ!」
 根性論ふりかざすレヴィア。しかし、三十八万キロを渡るのに多少の無理はやむを得なかった。
「……、はい……」

 ヴィクトルは言われるままにどんどんと加速した。一刻も早くヒルドからルコアを取り返さねばならない。二度目の人生で誓ったスローライフ、隣にはルコアにいて欲しい。彼女を失う訳にはいかないのだ。

 月面がどんどんと小さくなり、いつも見ている、ウサギが杵つきしている模様が分かるようになってきた。まぶしい太陽に美しい青い惑星、地球。そして目がなれると浮かび上がってくる満天の星々に壮大な天の川……。
 これが作られた世界だとしても、模倣したオリジナルの世界もやはりこのような世界なのだろう。宇宙と世界の神秘にしばし心を奪われる。

















4-9. 灼熱の大気圏突入

 (くら)く冷たい何もない異次元空間を、ルコアの魂は漂っていた。ヒルドによっていきなり身体を乗っ取られ、はじき出されたルコア。身体を失った代償は大きく、何もできないままただ暗闇を漂うばかりだった。
 千年に及ぶ山暮らしですっかり退屈をしていたルコアは、ヴィクトルと出会って毎日が色づきだした。優しく、強く、思慮深いヴィクトルはどこまでも紳士的で、ルコアの心を温めたのだ。
 ただ、自分はしょせん造られた龍に過ぎない。出しゃばらないようにすることは心に決めている。ただ、それでもいつまでもおそばには居させて欲しかった。
 でも……、卑劣なヒルドのやり方で身体は奪われてしまった。いまだに助けが来ないことを考えても、レヴィアたちも危機的な状況に陥ってるのは間違いないだろう。もしかして未来永劫自分はこのままかもしれない。この暗く冷たい世界に閉じ込められたまま死ぬこともできず永遠に漂い続けるのかも……。
 終わりのない底なしの悲しみに囚われるルコア。
「主さま……、助けて……」
 どこへも届かぬ悲痛な思いが漆黒の闇の中に響いていた……。

      ◇

 月がだいぶ小さくなってきた。そろそろ月の引力圏からは脱出しそうだ。しかし、地球はあまり大きくはなっていない。三十八万キロはやはり遠すぎる。

「地球に戻ったらまずはどうするんですか?」
 レヴィアに聞いた。
「まずは江ノ島に向かってくれ」
「江ノ島……ですか? どこにあるんですか?」
「あー、王都からずいぶんと東の島じゃ。我がナビするから心配するな」
「お願いします。江ノ島には何があるんですか?」
「あそこの第三岩屋に海王星への秘密ルートがあるんじゃ」
「海王星?」
 ヴィクトルは初めて聞く名前にとまどう。
「太陽系最果ての青い惑星じゃよ。そこに地球を作り出してるコンピューターがあるんじゃ。そこまで行けば我も元に戻れる」
「えっ! コンピューターも見られるんですか?」
「なんじゃお主、あんな物見たいのか? 単に機械がずらーっと並んでるだけのつまんない代物じゃぞ」
「いや、だって、この世界の全てがその機械の中にあるんですよね?」
「うーん、それは半分当たっとるが、半分は違うんじゃな」
「え? どういうこと……ですか?」
 ヴィクトルは禅問答みたいな話に困惑する。
「人類はな、文明が発達しだしてからだいたい一万年でコンピューターを発明するんじゃ。そして、その後百年で人工知能を開発する。そしてその人工知能が発達してさらに五十万年後、また人類が活動する新たな星が出来上がるんじゃ」
「必ずそうなるんですか?」
「出来の悪い所は間引いてしまうから、確実にそうなるか定かではないが、多くの場合そうなるな」
「えっ? それでは星の中に星が生まれるということが繰り返されるって……こと……ですか?」
 ヴィクトルは予想もしなかった展開に驚かされる。単純に最初の人工知能が作った星がたくさんあるわけでは無かったのだ。
「まぁ、そうなるのう」
「最初のコンピューターができたのが五十六億年前だとしたら……、もう一万世代くらいあるって事じゃないですか!」
「さすが大賢者、まさにその通りなんじゃ」
 レヴィアはそう言って笑った。
 ヴィクトルはその圧倒的なスケールの構造に言葉を失った。自分たちを構成する世界が見えない所でそんなことになっていたとは、全く想像もしてなかったのだ。

        ◇

 やがて地球がどんどんと近づき、目の前に大きく広がってきた。大陸の形も砂漠や森の様子も、台風や前線の雲も手に取るようにわかる。実に美しい、雄大な景色にヴィクトルは見ほれる。
「さて、いよいよ大気圏突入じゃ。失敗すると燃え上がるか月へと逆戻りじゃ、慎重に行けよ」
「わ、分かりましたが……どうすれば?」
「地上から高度百キロにかすらせるように、地球の横を通過していくイメージで行け」
「百キロ? それはどの位ですか?」
「地球の直径が12,742キロじゃから127分の1くらい上空じゃ」
「へぇっ!? もうほとんど地上じゃないですか」
「それだけ大気の層が薄いって事じゃな。ギリギリを攻めるイメージじゃ」
「うわぁ……」
 何の観測機材もなく目視で大気圏突入、それはあまりにも無謀な挑戦だったがそれ以外地球に戻る方法はない。MPはもう十分減速できる程には残ってないのだ。ヴィクトルは冷や汗をタラリと流しながらも覚悟を決めた。

      ◇

 ヴィクトルはレヴィアと相談しながら慎重に方向を調整し、徐々に高度を落としていく。やがて太陽が真っ赤な光を放ちながら地球の影に隠れ、夜のエリアへと入った。眼下には真っ黒な海が広がり、上には満天の星々。ヴィクトルはものすごい速度で大気圏へと突入していく……。

 コォ――――……。
 かすかにシールドから音がし始めた。
「大気圏に入ったぞ、落ち過ぎないように注意じゃ!」
 耳元でレヴィアの緊張した声が響く。

 徐々に風切り音が強くなり、シールドの前方が赤く発光し始めた。
「ちょっと落ち過ぎじゃ、あと地球半周分飛んでから落ちないと江ノ島までたどり着けん」
「わ、わかりました」
 ヴィクトルは少し上向きに修正する。
「地球にまでくれば、我も少しずつ回復できるぞ!」
 レヴィアがうれしそうに言った。
 見ると確かにヒヨコ大に大きくなっている。
「力はまだ復活しないですか?」
「悪いがまだじゃ。今使ったら消滅してしまうわ」
 レヴィアは首を振った。


















4-10. ファイナルアプローチ
 
 微調整を続けながら飛ぶ事十分、真っ赤に輝くまぶしい太陽が顔を出した。昼のエリアに戻ってきたらしい。広がるのはどこまでも海、地球は本当に海の惑星なのだ。
 やがて陸地が見えてくる。雲間にはジャングルのような鬱蒼とした森が続いていた。

「さて、そろそろ本格的に降りるぞ」
「わかりました」
 ヴィクトルは進行方向を少し落としていった。
 強くなる風切り音と激しく光を放ちだすシールド。その熱線はシールドを何枚も重ねているのにジリジリとヴィクトルたちを(あぶ)った。

「アカン! このままじゃ蒸発してしまうぞ!」
 レヴィアが弱りながら言う。
 ヴィクトルは氷魔法を展開し熱線を遮ったが、鮮烈な光線の輝きはどんどんと悪化し、氷魔法では追いつかないほどの熱線が強烈にヴィクトルたちを襲う。
 直後、ボン! という破裂音がしてシールドが一枚吹き飛んだ。

「ヤバいヤバい! シールドを守らんと!」
 焦るレヴィア。
水壁(ウォーターウォール)!」
 ヴィクトルは、水魔法を展開し、前方に水の壁を出現させた。水の壁は超音速でぶち当たってくる激しい空気の圧縮にさらされ、瞬時に蒸発し、吹き飛ばされていくがその際に熱も奪ってくれるようで、熱線は少し和らいだ。
 しかし、水魔法を延々と使い続けないとならないのは、ヴィクトルには負担だった。
「MPがそろそろヤバそうです! あとどれくらいですか?」
「あと三分我慢しろ!」
 レヴィアは遠くに見えてきた暗黒の森をにらみながら言う。
「三分!? くぅ……」
 ヴィクトルは片目をつぶりながら両手を前に出し、熱線に耐えながら水の壁を張り続けた。
 直後、激しい閃光が地上から放たれる。
「敵襲! 急速回避!」
 レヴィアが叫んだ。
「へぇっ!?」
 ヴィクトルは仰天した。大気圏突入でいっぱいいっぱいなのに、敵襲なんて手に余る。
「これでどうだ!?」
 ヴィクトルは金色の魔法陣を前方に斜めに出し、(かじ)として方向を強引に変えた。
 ぐわぁぁ! ヒィィィ!
 いきなりの横Gで体勢が崩れかけ、そのすぐそばをエネルギー弾がかすめていく。
「あっぶない……」
 ヴィクトルが胸をなでおろしてると、
「何やっとる! 集中砲火されとるぞ!」
 と、レヴィアが叫ぶ。
 見ると無数のエネルギー弾が群れになって押し寄せてくる。ヒルドの徹底した攻撃は恐るべきものだった。
「こんなの無理ですよぉ!」
 ヴィクトルは泣きそうになりながら叫ぶ。
「くっ! 仕方ない!」
 レヴィアは何かをつぶやき、いきなり風景が変わる。
「えっ!?」
 驚くヴィクトル。どうやら場所を少し移動したようだった。だが、速度はそのまま、シールドは灼熱で輝き続けている。
「我ができるのはここまでじゃ。早くあの島へ……」
 見るとレヴィアはまたミニトマトサイズに戻ってしまい、弱っていた。
「ありがとうございます! あの島ですね!」
 前方には、弓状に長く続く砂浜の向こうに小さな島がぽつんと浮かんでいた。
 ヴィクトルは覚悟を決め、一気に高度を落とす。
 激しくかかるGと、爆発的に閃光を放つシールド。まさに命がけのファイナルアプローチだった。
「ぐわぁぁ!」
 レヴィアが叫ぶが、構わず多量の水を浴びせながらまっすぐに江ノ島へと降下して行く。
 もたもたしていたら撃墜されるのだ。限界を攻める以外活路はなかった。
 ヴィクトルは険しい表情で水魔法を全力でかけ続ける。
 ズン! パン!
 次々破損し、飛び散るシールド……。
「シールド追加じゃぁ!」
 レヴィアが叫ぶ。
「無理です! 水魔法を中断できません!」
 ヴィクトルは冷や汗をかきながら、残り一枚となったシールドがきしむのをじっと見つめていた。

 真っ白な雲をぶち抜き、ブワッと視界に真っ青な海面が広がる。

 ドン!
 衝撃音がして発熱が収まっていく……。
「帰還成功……じゃ。地球へ……ようこそ……」
 レヴィアが疲れ果てた声で言った。音速以下へ速度が落ちたらしい。

 なんとか、最後の一枚でギリギリ耐えきったのだ。
「よしっ!」
 勢い余って海面を何回かバウンドしながら、ヴィクトルはガッツポーズを見せた。

       ◇

「ヒルドが来る、急げ!」
 レヴィアに急かされ、ヴィクトルは江ノ島の崖に開いた洞窟へと海面スレスレを高速で飛んだ。
 洞窟は海面ギリギリに口を開けており、ヴィクトルは波が引いたタイミングを見計らいながら一気に突っ込む。
 洞窟は入ると上の方へと続いており、しばらく上がると広間になっていた。
 ヴィクトルは広間に着地し、魔法で明かりをつけて見回していると……、

 ズン!
 いきなり巨大地震のような激しい衝撃に襲われた。上から石がパラパラと落ちてくる。爆撃を受けているようだ。

「急げ! そこの隅の床の石を持ち上げるんじゃ!」
 ヴィクトルは急いで、床石を吹き飛ばして転がす。
 すると現れる漆黒の穴。井戸のようでもあったが、底の見えない不気味な穴が姿を現した。
 直後、入り口付近が爆破され、爆風がヴィクトルたちを襲う。
 ぐはぁぁ!
 そして、吹き飛ばされるように穴へと落ち、ヴィクトルは意識を失った……。



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