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 あまり高いのを買ってしまうと、本命だとばれてしまうかもしれないし、かといって安すぎるのは失礼な気がする。
 そう思ったら、3個入りで800円という、微妙な金額のものを手に取っていた。もちろん千真が普段買うチョコレートを考えれば、高い品物である。けれど旭がそれを食べるのだと思ったら、安い気がするから不思議だ。

 駿介から預かったままのおにぎりと水、それから自分のための紅茶と旭のためのチョコレートを手にレジに向かおうとして、重大なことに気がついてしまった。

 ――自分の財布がない。

 旭に呼ばれるまま会社を出てきてしまったので、千真は手元にスマホさえも持っていないことにようやく気がついた。
 駿介を部屋に送り届けたら、すぐ会社に戻るべきだろうか。けれど旭は、あとで行くと言っていたし、だとすれば待っておくべきなのだろう。
 それに、チョコレートも渡したい。

「あ、あの、大狼さん……」

「なんだよ?」

 千真はなるべくチョコレートが見えないようにほかの商品で隠してから駿介に近づき、窺うように見上げる。

「お金、貸してもらえませんか?」

「あ? だから、俺の財布渡しただろ?」

「えーっと、自分のものを、買いたくて」

「自分のもの? 飲み物じゃなくてか?」

「じゃ、なくて、です」

「……」

 駿介は千真の手元に気づいたのか、目線を雑誌に戻したあと、勝手にしろ、と呆れたように声をくれた。千真はそんな駿介にぺこりと頭を下げたあと、カツカツともう一度レジへ向かう。
 必ず、あとで返します。そう思いながら駿介の財布から1000円を抜いて、これは別だと自分に言い聞かせ、はたと気づく。もしかしたらこの場合、駿介にもあげたほうがいいのだろうか。思って、ちらりと駿介に視線を向ける。

 明らかに、チョコレートを食べるような顔ではない。いや、もちろん顔で食べるわけではないのだが、どうにもチョコレートが似合わない顔である。
 必要ないな、とレジへ足を向け、立ち止まる。チョコレート顔ではないかもしれないが、目の前で旭にあげるのに、駿介にないのは失礼じゃないだろうか。
 ましてや千真は、不本意とはいえ、その駿介にお金を借りて旭へのチョコレートを買おうとしているのに。

 どうしよう。レジと特設コーナーとを、しばらく往復したあと、迷いに迷った千真は、旭に選んだものより少し安い500円のものを手に取って、今度こそレジへ並んだ。
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