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「お邪魔します」

 外観からある程度の予測をしていた千真だったが、やはりというべきか、駿介の部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、呆けたように息を吐いた。千真の借りている安いアパートとは比べるのも間違っていそうなほど、ひとつひとつの作りが豪華である。
 備え付けの靴箱にしてもそうだが、リビングに入って真っ先に目が行ったのは、キッチンだった。一度も使ったことがないのか、新品を匂わせる対面キッチンはピカピカに光っており、そして千真の部屋のシンクの倍はあろうかという広さで、料理好きな千真は思わずうっとりする。

「飲み物冷やすなら、冷蔵庫に入れとけよ」

「あ、はい」

 終始不機嫌そうな駿介は、腕を通さず肩にかけていた背広をソファに投げると、ネクタイを緩めた。千真はダイニングテーブルの椅子に駿介の鞄を置くと、コンビニで買ってきた水と紅茶を袋から出して冷蔵庫に入れ、なんの気なしに駿介のほうを向いて、ギョッとする。

 リビングの大きな窓は外が一望できるほどの大きさで、当然、そこから陽が入ってくるのだが、ソファの前でワイシャツのボタンをはずしている駿介が陽に当たり、少しばかり陰って見える姿が、まるで映画のワンシーンのように美しい。
 いや、男性に対して美しいってどうなんだ、と思いながら、千真は慌てて目を背けた。一応、女性が同じ部屋にいるという認識はあるのだろうか、と疑問に思うほど、駿介は普通である。千真はこんなにも、動揺させられているというのに。

「おい」

 不意に声をかけられた千真は、身を竦ませ、はいっ、と声を上げた。

「鞄の中に薬が入ってるから、取ってくれ」

 駿介は左手の袖口のボタンを口ではずし、そのまま袖を噛んでワイシャツを腕から抜いた。器用だな、と思いながら、千真は言われたとおり鞄の中を漁って、薬袋を見つける。今日の日付が書かれた整形外科の袋の中には、痛み止めらしきものが入っており、錠数を確認したあとで冷蔵庫に入れたばかりの水を取り出し、テーブルの上に置いた。

「悪いな」

 ワイシャツを脱いで千真のほうに近づいてきた駿介は、水を手に取ると徐にキャップを噛み、蓋を開ける。言ってくれれば蓋くらい開けたのに、とそれを見ていた千真は、駿介がそのまま薬に手を伸ばしたので、慌ててその手を掴んだ。
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