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(2)

「鞄、ありがとうございました」

「ごめんね、勝手に。中身は、財田さんに見てもらったから、安心して」

「はい」

 そもそも、旭が千真の鞄をあさるとか、そんな低俗なことをするとはとても思えない。見られることへの羞恥心はあるかもしれないが、不安なんてものは一切なかった。

 部長に対して上から目線ではあるが、しっかり者の旭は、ちゃんと千真の鞄を持ってきてくれていた。ようやくほっとして息を吐き、財布を取り出すと、不貞腐れてソファに転がっている駿介の元に駆け寄る。

「あの、これ、さっきお借りしたお金です」

「……」

「大狼さん?」

「……」

 目を瞑ってはいるが、絶対に聞こえている。そのことが判るから余計にイラっとするが、千真は軽く深呼吸してそれを追い払う。

「お金? それくらい、駿介に出させればよかったのに」

 ひょい、と旭に後ろから覗かれて、えっと、と言葉に詰まる。さすがに旭にあげるつもりのバレンタインチョコを、駿介のお金で買うわけにはいかないじゃないか。
 それを言う代わりに、千真はダイニングチェアに置きっぱなしの袋から、チョコレートを取り出した。

「あの、これ。その、明日は、バレンタインなので。いつものお礼です」

「え?」

 戸惑う旭の様子が、見なくても伝わった。
 やばい。手が震える。やっぱり、やめておくべきだったかな、と手を引っ込めようと思った瞬間、手の中からそれがなくなった。

「ありがとう。これは、先輩として受け取っておくね」

 先輩として。それは、上司としてでは受け取れないという意味だろう。部長ともあろう者が、会社の規律を乱すわけにはいかない。
 それでも千真の想いを汲んで受け取ってくれた旭に安堵の息を漏らすと共に、緊張の糸が切れて涙が出そうになった。
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