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「じゃあ、あとのことは俺に任せて。下まで送るよ」

「えっ、ここでいいです」

「いいから、行こう」

 下まで見送らせるなんて、さすがに申し訳ないと首を振って断るが、旭はそんなのはお構いなしに、千真の背中を物理的に押して玄関のほうへ誘導する。
 千真は、相変わらず目を閉じたままの駿介にちらりと目線を向けたが、流されるまま、駿介の部屋をあとにした。

「そういえば、余計なことかもしれないんだけどさ」

「はい?」

 思いがけずふたりきりになれて、どきどきした面持ちのままエレベーターを待っていると、旭が言いづらそうに首元を撫でながら視線を泳がせる。
 首を傾げて言葉を待っていると、エレベーターの扉が開いた。

「明日は、ハイネックがいいかもね」

「え?」

 ふたり、無人のエレベーターに乗り込んだあとで、旭はそう口を開く。意味が判らずじっと旭を見つめていると、旭の向こう側に自分が映っているのが判り、エレベーターの中が鏡張りになっていることに気づいたと共に、首元の赤みを発見し、ふらふらと鏡である壁に近寄って、絶句した。

「あー、随分と、情熱的な痕がついてるから」

「……」

 耳元から首回りまで、何ヶ所にも渡ってキスマークがついている。誰がつけたかなんて、考えたくもない。

「ち、ちが、違うんです、あの、わたし……」

「会社のことなら大丈夫だよ。社内恋愛を禁止してるわけじゃないし。ただ、そういう痕を見ちゃうと、どうしても変な勘繰りをする奴もいるからね」

 そうじゃない。千真が弁解したいのは、そうではなくて。

「駿介には、俺からも言っておくよ。せめて、見えないところにつけろって」

 ち、違うんです。そんな否定の言葉を口にする元気なんて、もう微塵も残っていなかった。
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