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 夕方、旭に言われたとおり駿介の病院まで付き添った千真は、長居をするのを避けるようにてきぱきと動くと、さっさと食事の用意をして駿介の部屋をあとにした。駿介がなにか言いたそうにしていたが、用事があるので、と背中を向け、振り返らずに。

 実際、ハイネックをあと2、3枚買いたかったので、まったく用事がなかったといえばそうでもない。
 千真は自分自身に言い訳をするように言い聞かせ、買い物を終えると築ン十年の住み慣れたアパートに帰った。

 駿介のマンションから帰ってくると、古臭さが一層におってくる。
 セキュリティなんてあったもんじゃない、風呂とトイレだって、きっと昔は共同で、あとからつけられたであろうリフォームの跡が垣間見えるアパートは、ちょっと大きな台風でも来たら、恐らく建物ごと吹き飛んでしまうのではないかと思えるほどだ。

 階段を上れば、ぎぃ、と軋む音がするのも、ようやく慣れた。鍵を回して家に入り、ようやくほっとする。
 今日は、なんだかすごく疲れたな。お湯をはって入浴剤を入れて、気持ちを切り替えたい。

 千真は皺が寄らないよう上着をハンガーにかけハイネックを脱ぎ、ポニーテールを解く。当然、脱衣所なんてあるはずのない狭い部屋なので、着替えるのはいつもリビングだ。
 いつものように着替えとタオルを用意してそこに置き、ブラジャーに手を伸ばした瞬間。

 ――カシャ、と嫌な音が聞こえた。

 慌てて振り返るが、当然、そこは自分の家なので、部屋の中には誰もいない。
 でも確かに、カメラのシャッター音のようなものが聞こえた。

 脱いだばかりのハイネックを引き寄せて、胸元に寄せる。地震かと思うほどに目の前が揺れて、吐きそうだ。
 どこから誰に見られているのか、わからない。360度、どこを向くこともためらわれて、ただただ震える。

 すとん、と全身の力が抜け、その場に座り込んだ千真は、両手で顔を覆った。縋るものもなく、無造作に垂れてきた髪を、乱雑に引っ張る。

「……っ」

 いつから? いつから、見られていた? 考えるだけで、ゾッとする。
 呼吸が荒くなり、息苦しい。助けを呼びたくても、声が出ない。
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