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 どのくらいの間、そうしていたのかわからない。ブー、と耳慣れた音がして、千真はようやく、顔を上げた。

 どこかで、スマホが鳴っている。千真は腰を引きずりながら、手だけで玄関先まで移動し、鞄の中で孤独に着信を伝えているスマホに手を伸ばした。

 『着信:おおがみさん』

 スマホの液晶に表示された名前と、ついでに時間も確認する。
 23時といえば、上司が電話をしてくるには、随分と失礼な時間ではなかろうか。

 駿介のことか、それとも、仕事でなにか、とんでもないミスをしでかしてしまったのだろうか。

「――っ」

 そのとき、ピンポーン、と来客を知らせるインターホンが鳴り、千真は飛び上がって驚いた。

 このタイミングで、一体、誰が? 思って、身震いする。
 まさか、カメラの……? だとしたら、冗談じゃない。

 もう一度、出てこいと催促するように、インターホンが鳴る。千真は、いつでも投げつけられるよう、しっかりとスマホを握り締めた。

 すると、また手の中のスマホが震え出し、ビクッと身を竦ませる。
 旭の名前が表示されており、出るか悩む。

 こんな時間に何度も電話をしてくるなんて、よっぽどだ。今は、怒られている場合じゃないのに。
 かといって無視するのもためらわれ、あわよくば助けてもらえるのではないかと甘い考えも混じり、千真はおそるおそる、通話ボタンを押した。

『出るのが遅ぇ!』

「……え?」

 一瞬、声が二重に聞こえた気がしたが、気のせいだろうか。
 思わず玄関のほうを向き、耳を傾ける。

『家にいねーの?』

「……っ、います!」

 じわり、涙が浮かんできた。
 玄関の外から聞こえてくる声が、スマホを通しても聞こえてくる。

 この際、助けてくれるなら、誰でも構わない。
 千真は、覚束無い足取りで立ち上がると、震える手で鍵を開けた。

 思った以上に勢いよく開いたドアに、耳にスマホを当てたままの駿介が、面食らったように目を丸くしている。
 知っている人が目の前に現れたことで、ようやく千真も、安堵することができ。

 駿介に抱き着くでもなく、うわーん、と子供のように、声を上げて泣くのを我慢しなかった。
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