幸せのつかみ方

月食

数か月後。
樹さんと私はお互いのマンションとアパートを行き来するようになっていた。

主に、平日は私のアパート、週末は樹さんのマンションにいる。


がチャガチャ!
慌てるような玄関の鍵を開ける音がした。

「千夏!大変!」
樹さんが玄関から入ってくるなり、声を上げた。

「どうしたの?」
フライ返しを持ったまま尋ねたら、
「月食!月食だよ」
と鞄をソファの横に置いた。

「ああ、もう始まったんだ」
「え?知ってたの?」
「うん。昨日からテレビでたくさん言ってたから」
「すごいよ。一緒に見よう」
おいでと言われ、コンロの火を消す。
そして、手を繋いで一緒に庭に出た。

「ちょっと待ってて」
樹さんは部屋から大判のストールを持ち、灯りを消して庭に戻って来た。


月は橙色に輝きながら、その下半分を丸く削ろうとしていた。
「すごい。こんなにはっきりと見えるんだね」
そう言って空を見上げる私の背後に、樹さんが立つ気配を感じた。

「いいね、こういうの」
「え?」
「月食だ!って思って、千夏を呼んで、一緒に空見上げて、綺麗だねって話す。そういうの、いいなって思った」

ふわりと大判のストールが私の前でクロスする。
背中から樹さんに抱きしめられる。
仕事から帰ったばかりの樹さんのスーツの感触を感じた。

「うん。いい。幸せ」
回された両手にぎゅっと手を乗せた。
「うん、幸せ」
後頭部に伝わる樹さんの頬のぬくもり。
うっすらと香るお揃いの甘い香り。


「それにしても、この月食凄いね」
「うん。なんかただの月食じゃないみたいよ」
「どんな月食?」
「惑星食でもあるんだって」
「へえー。そうなんだ。それも次に一緒に見ようね」
「それは無理かも。次に月食と惑星食が一緒に起こってこんなふうに見れるのは400年くらい後らしいよ」
「えー」
「あははは」
「じゃ、生まれ変わったら一緒に見よう」
「うわあああああ!恥ずかしい~!」
「俺も言ってて寒気したかも」
「あははははは」
「あははははは」
二人で月を見ながら笑いあった。


「でもさ、何気ない日も特別な日もずっと千夏と一緒にいたいって思ってるよ」
「うん。私も。樹さんと一緒にいたい」
そう言うと、樹さんが額の端にキスを落とした。



「恥ずかしい」
と言って二人で笑いあった。


                    



            
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