幸せのつかみ方
    【樹 side】



「はああああ」

コインパーキングに止めた車に乗った俺は、ハンドルに両腕を置き、顔を伏せた。


フラれた・・・。



俺の気持ちに全く気付いていなかった・・・そんな顔をしていた。



「はあああああ」



レストランで時間を忘れるほど話をした。
楽しかった。
千夏さんもたくさん笑ってた。
時々驚いたり、眉間に皺を寄せたり、ころころと表情が変わってた。
きっと楽しんでくれたと思う。
事実、「楽しかった」と言ってくれた。

車の中、食事中。
千夏さんは何度もじっと俺を見つめていた。
その視線に気が付いて、嬉しかった。

もしかしたらと淡い期待を寄せていた。
でもその視線は好きな人を見つめるというより、観察されていると言ったほうが近かったのかもしれない。


もしかしたら、突然の誘いに対して警戒していたのか?
それとも俺が誘った意図を見つけようとしていただけなのかもしれない。


俺はそれに気が付かずに、告白してしまった。



「フラれた・・・」

フラれたけれど、あきらめきれなかった。



  『真っ黒な千夏さんも見せてよ』

  『また、一緒に出掛けよう』


「ふっ。往生際が悪いな」
笑いがこみ上げる。

俺にふさわしくないと言った千夏さん。
俺には勿体ほどの素敵な女性。



彼女を幸せにしたい。
屋上で一人、あんなに苦しそうに泣かせたくない。

屋上で泣き崩れる千夏さんを思い出す。






もう何年も前にあなたをあきらめたんだ。

俺のこの気持ちに蓋をしたんだ。


一度しかない人生だから、本当は諦めたくもなかったし、感情を押し殺したくもなかった。

でも、あなたは他の人と結婚していたから。
あなたのためにあきらめただけだ。


今はもう、あなたを好きになってはいけない理由はない。


俺が。
俺があなたを幸せにしたい。


何ができるかなんか分からない。


でも。

あなたのためにできないことなんて何もない。
あなたが笑顔でいるためならなんだってしたい。



ああ。

もう少しだけ。
俺自身を見て。
俺に笑いかけてくれよ。



まだ何も始まっていないんだ。
始まる前からあきらめたりできないよ。







一度きりの人生。

あなたはもっと愛されていい人だよ、千夏さん・・・。





車を動かせないまま、時間だけが過ぎて行った。




【樹 side 終】
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