送り犬さんが見ている

男はがっしりとした体付きというわけではないけれど、私を支えたまま微動だにしないから、力は強いみたい。
助けられてしまったことで、私は大きな不覚を取る。だってこの男に恩を売ってしまったことになるのだから。

「………あの、ありがとう…。」

「いえいえ、このくらい朝飯前です。」

男は、よろけていた私の体を真っ直ぐ立たせてくれ、ついでに着物の乱れまで整えてくれる。

ーーー不思議。さっきから馴れ馴れしく触ってくるのに、嫌悪感を抱くほどじゃない。

その間も私の頭は「どうやってこの男を撒くか」ばかりを考えていた。
全力で走っても難なく追いつかれてしまった。意外に、交渉すればすんなり受け入れてくれるのでは?

「…あの、気遣いはありがたいんですけど、私一人で歩きたい気分なので。
それに見ず知らずの人と二人きりになるのは…怖いですし…。」

着物に目を落としていた男が、パッと顔を上げる。
その真っ直ぐな視線に見つめられて、私は不覚にも心臓をドキリとさせてしまう。

「僕は、九郎(くろう)といいます。」

「…く、九郎?」

「貴女は何というんです?」

「……あ、んと、…芙代(フヨ)。」

透き通った声で名乗られてしまえば、私もつられて名を教えてしまう。
謎の男…九郎は、一層嬉しそうに微笑んで言った。

「フヨさん!これで僕らは見知った仲です。
もう怖くないでしょ?」

「…アッ。」

やられた。
ああ言えばこう言う。この男は何が何でも私に付いて来たいらしい。
生き生きとした笑顔を見せる男・九郎に対し、私の顔はみるみる渋くなっていった。
何が目的なのか分からない。でも、絶対に良からぬことだと予想できたから。

「………わ、私、一人で歩きたいから!
足並み揃えたりしないから…!!」

「ええ、大丈夫ですよ。
僕は後から付いて歩くだけです。」

そんな軽装でよく言う!
半日も歩き続ければ、そのうち根を上げてよそへ行ってしまうかも。

私は念のため、山歩き用の杖をいつでも振り上げられるよう、頭の中で試行しておく。
手持ちの金品や“体”にも気をつけながら、しばらくこの九郎という男と一緒に山道を進むことになってしまった。
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