愛のバランス
「彼ね、『俺のところは子供もいないから、離婚の手続きはすぐに出来るよ』って言ったの」

「俺にもそう言ってたよ」

倫也は視線を逸らし、苦々しげに呟いた。

「だからね、『うちは子供が出来たから、簡単に離婚なんてしない』って言ったの」

「……え? 麻里絵は本当にそれで良かったのか?」

そう口にした倫也が、戸惑いを孕んだ表情を向けている。

「だって本当のことだから」

「どういうこと?」

「倫君……謝ってよ」

「え?」

「私が謝って欲しかったのは、彼からの連絡を隠してたことでも、勝手に断ったことでもなくて、私をひとり置いて出ていったことだよ!」

声が震え、涙がこぼれそうになる。あの時、どれだけ心細かったか――
倫也は不意を突かれたような表情で麻里絵を見た。

「すごく不安になったんだよ。これからどうやって生きていったらいいんだろう、って。大切な倫君の子供、一人で育てられるかすごく不安で――」

堪えていた涙がついに堰を切ったように溢れた。

「――麻里絵、本当なのか!? 何で言わなかったんだよ! いつわかったんだ!」

倫也の声が上ずる。その表情には、驚きと動揺、そして後悔が滲んでいるように見えた。

「昨日……だよ。最近ずっと熱っぽくて、昨日仕事早退して病院に行ってきたの。妊娠してるって言われてすごく嬉しくて……早く倫君に知らせたくて、心踊らせて家に帰ったの。そしたら――」

言葉の最後は震えた。幸せの絶頂から、一気に暗闇へ突き落とされるなんて思っていなかった。

「そうだったのか……ごめん」

倫也は苦しそうに目を伏せ、悔やむように深い溜め息を吐いて涙をこぼした。

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