愛のバランス
早朝、まだ外は薄暗かった。
インターホンの音で、麻里絵はソファから立ち上がった。眠れないまま朝を迎えていたせいか、体は重く、頭痛もあった。
玄関のドアを開けると、倫也が立っていた。

「おかえり」

そう声をかけた麻里絵に、倫也は申し訳なさそうに言った。

「早くにごめん」

「ううん。起きてたから。……結局一睡も出来なかったの」

「俺もだよ」

そう言うと、倫也は憔悴した表情でソファーに身体を沈めた。
麻里絵も隣に腰を下ろす。

「麻里絵……ごめんな」

俯いたまま、倫也が絞り出すように言った。

「何に謝ってるの?」

「三條場さんのことだよ。本当は半年以上も前に連絡があったんだ。黙っててごめん」

「うん。彼から聞いたよ」

「三條場さんから、奥さんと別れるつもりだから麻里絵を返して欲しいって言われたんだけど、『今更言われても困る』って断ったんだ」

「うん。それも聞いた」

「それからも何度か連絡があったけど、ずっと断り続けてたんだ。勝手なことして悪かった。三條場さんのことは、麻里絵と付き合う時の条件だったもんな。『復縁できることになったら彼のところに戻る』って……」

倫也は短く息を吐いた。まるで自分を責めるように。

「麻里絵には悪いけど、正直俺は、別の人との結婚を選んだ元カレが戻ってくるなんて、無いに等しいと思ってたんだ。まさかこんな事になるなんて本当に思ってなかった。麻里絵との結婚生活が幸せ過ぎて、別れることなんてもう考えられなかったんだ」

麻里絵の胸が、ぎゅっと締めつけられる。

「どうにかならないかって考えながら過ごしてきたんだけど、昨日三條場さんから『もう待てない』って言われたんだ」

黙って耳を傾けていた麻里絵が口を開いた。

「それで諦めて私を手放すことにしたの?」

言いながら、ひどく腹が立っていた。

「手放すって、麻里絵は物じゃないだろ」

倫也が反論するが、それがかえって麻里絵の怒りを煽った。

「物じゃないから、私にもちゃんと考えがあるんだよ。倫君が決めることじゃないよ!」

心の奥に抑え込んでいた感情が、噴き出した。

「悪かった」

言ってから倫也は視線を落とした。

「倫君、私の一途なところが好きって言ってくれたよね?」

「ああ……そうだよ」

「一途な人っていうのはさあ、一人の人しか愛せないんだよ?」

「わかってるよ」

「――わかってないじゃん!」

倫也が肩を跳ね上げる。伏し目がちだった目が、驚いたように麻里絵を見た。

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