爪先からムスク、指先からフィトンチッド
第二部
1 女友達


芳香はパンティストッキングをするすると履いて足を眺めた。(キラキラしていいね)
ラメが混じった肌色のストッキングは生足よりも綺麗に見える。足の匂いが解消された彼女にとって、もう悪臭のもとになっていた合成繊維は怖くなかった。それでもいつ再発するかもしれないという思いもどこかにあり、見栄えの良いおしゃれを日常的に楽しむことはなかった。
しかし今日は友人の立花真菜とランチだ。まるで男と会うように気合を入れて芳香は身支度を終え、最後はお気に入りのエナメルのストラップシューズを履いた。

「真菜ちゃん、おまたせ!」
「ううん、今、来たとこだよ」
店の前の待ち合わせ用のベンチで真菜はにっこり笑いながら立ち上がる。真菜は柔らかい素材のブラウスとジーンズ姿でフェミニンだ。
「今日も真菜ちゃんは素敵だねえ」
「うふっ、芳香ちゃんもそのワンピよく似合ってるよ」
褒め合いながら店内に入り、静かな奥の席に案内してもらう。真菜とはもう何度も一緒に食事をしておしゃべりを楽しんでいるがまだまだ芳香には新鮮で嬉しい時間だ。また薫樹と芳香が恋人同士と知る唯一の人物でもある。薫樹との出会いを話すと一番、真菜の心を動かしたのは芳香の匂いコンプレックスのことだった。
彼女の『芳香ちゃんって辛かっただろうに頑張り屋だね』という言葉に芳香は訳も分からず嬉しくて涙が滲んだ。

「どう? 兵部さんとはうまくいってる?」
「うん、まあ、なんとか。ちょっと変わってる人だからよくわかんないけど」
「そっかあ。でも会社でたまに兵部さん見かけるけどなんか雰囲気かわったよ、なんか人当たり良くなったっていうか」
「へええ。そうなんだあ」
芳香の恋人、兵部薫樹は調香師としても勿論、仕事もよくできると評判だが、芳香が勤めているころは、そっけなく冷たい仕事人間の印象だった。
「この前『立花さん、おはよう』って名前付きで挨拶してくれるもんだから、その時側にいた、なんだっけあのイメージガールに睨まれちゃって……」
「えっ! 睨まれたの?」
オレンジジュースを一口啜って真菜は頷きながら続きを話す。
「そそ。『フォレストシリーズ』のモデルとは思えないよ、実際はきつくて怖いったら――」
イメージガールと言えば、一度、薫樹と一緒にカフェにいるところを見かけたことがある。年齢は恐らく二十代前半で、芳香と真菜より若いだろうが、堂々として迫力があり、しかもセクシーだった。その時の二人がとてもお似合いで、芳香はそっと淡い恋ごごろを胸の奥にしまい込んだ。
「そんな暗くならないでよ。大丈夫だよ、兵部さんはあの子に興味ないみたいだし」
「前はそう言ってくれたけどね」
「気にしない気にしない。ほんと入社してからずっとクールなイメージしかなかったけど、芳香ちゃんが兵部さんをいい感じに変えてるよ」
「そ、そうかな」
「うんうん」
「真菜ちゃんとこはどう?」
「えっとねえ――来年、入籍しようかなって」
「へええー! おめでとうー!」
「まだまだわかんないよ」
そういいながらも真菜は嬉しそうに頬を染めている。彼女の恋人は元々近所の幼馴染だそうだ。子供のころから姉弟のように育ち成人するまで恋愛感情を持たずに過ごしてきた。それが今は恋人なのだ。どこでどんな出会いがあるか本当にわからないものだと芳香は思う。
そして明るく優しい真菜がいつまでも仲良くしてくれますようにと芳香は願う。


2 イメージガール

今夜は薫樹のマンションに泊まる。彼は一緒に住もうと言ってくれているが、まだ芳香には決心がつかない。
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