爪先からムスク、指先からフィトンチッド
二人は芳香のシューズを持ったままお構いなしでチーズについて話し合っている。
「ちょ、ちょっとあの、返してもらえませんか?」
「ああ、失礼、シンデレラさん」
男は屈んで芳香の裸足の足を掌に載せシューズを履かせようとする。
「え? あ、あの自分で――」
ぐらつく芳香を薫樹が支え、「履かせてもらうといい」と足を差し出すように言う。
「ええー?」
困惑する芳香に男は「うーん、これはこれは。香りもさることながら足の形も素晴らしい」と褒め始めた。
薫樹はそこにまた食いつく。
「ん? 形もいいのか」
「ええ、エジプト型で多い形ですが、指も爪も綺麗に伸びている。土踏まずもしっかりあって、踵も柔らかいな」
「ほう」
「さすがは匂宮様、素晴らしい恋人をお持ちですね」
薫樹はまんざらでもない様子だが、芳香は気が気ではない。夜で人気はさほどなくまばらだが、通りがかる人々はこの奇妙な三人組をチラチラ見ている。
「か、返し下さいっ」
「おっと、失礼。僕は女性の足が一番、女性らしさが出る美しいところだと思っているのでついつい」
すっとシューズを履かせ立ち上がる。
ふわっとミントの爽やかな香りが芳香を包み込む。
「さ、爽やか……」
「芳香。彼は清水涼介君。うちの会社にしばらく助っ人で来てくれているフリーの調香師だ」
「よろしく。僕はパフューマ―(化粧品の調香師)の兵部さんと違って、フレーバリスト(食品の調香師)なのでちょっと毛色が違いますけどね」
「日本で彼の手が入っていないミント製品はないんじゃないかな。この業界では『ミント王子』と呼ばれているんだ」
「み、ミント王子……」
フフフと微笑むミント王子こと清水涼介を改めて見る。
長身でゆるいウエーブのかかった長めの真黒な髪に健康的に焼けた肌に彫りの深いはっきりとした顔立ち。薫樹とは対照的にギリシャの彫刻のようだ。
このような『宮様』やら『王子様』などの貴族階級のような人たちは変わった人が多いのだろうと芳香は少しめまいを感じた。自分の庶民さを再確認して「かっこいいけど変かあ……」とぼんやり呟いた。
「これから彼と仕事の打ち合わせがあるんだ」
薫樹の言葉にはっとし「いえ、通りがかっただけなので、また週末に」と告げて芳香はその場を去った。

後姿を見送る薫樹のとなりで清水涼介は「うーん。素晴らしい足だ」と感心していた。

2 ミントの効果
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