ガーベラをかざして
身支度を整えて部屋を出ると、清隆さんは笑子さんと話し込んでいた。雰囲気は重たくないからそこまで大事ではなさそうだけど、やっぱり気になる。

「あの、何か問題が…」
「ああ、そうじゃないの。睦月から連絡があって、ギリギリ間に合うそうよ」

笑子さんはそう言って清隆さんに目配せした。清隆さんはそれを受け、優しげないつもの顔を引き締め、私に重々しく告げた。

「睦月は、津江崎(つえさき)さんたちと一緒に来るそうだ」

私はその名字を聞いて、津江崎家について調べたことを思い出した。ホームパーティーを行うと連絡がきた時点で、津江崎家を招待することはすでに教えてもらっている。

津江崎家は笹ヶ谷家が起業する際、とてもお世話になった家だそうで、今でも家族ぐるみのお付き合いをしているそうだ。ここまでは笹ヶ谷さんに教えてもらったことで、そこからは秋永さんに協力してもらい、もうちょっと詳しいことを調べてみた。

清隆さんの父ーー私の義祖父にあたる人は、華族の津江崎家当主と乳母兄弟であり、親友のように育ったらしい。
義祖父が株で一儲けし、起業しようという話になった時、津江崎家のコネやバックアップがなければ、今の笹ヶ谷家は存在しない、とも言われているーーそこまでなら、単なる前知識として記憶するだけで終わっただろう。
けど、問題はここからだった。

「その…津江崎さんには一人娘がいらっしゃって…(みやこ)さんという方なんだが…ええと、ちょっとだけ、こう、ユニークな性格をしてらっしゃるんだ」
「…要するにね、彼女は睦月が好きで結婚していたがっていたけど、津江崎のご夫婦は反対していたの」
「笑子さん、ちょっと…」
「下手に隠し立てしても良くないでしょう…、それで、ご夫婦は京さんをヨーロッパまで留学させたの…睦月から離れて知見を広めれば執着しなくなると考えたそうよ」
「それが、留学先から突然帰ってきたそうだ…」
「それで、その、参加させてくれってことですね」
「…そういうことなんだ」
「まぁ、料理はビュッフェにしたし、一人増えたところで何ともないわ。でも、菜乃花さんはいい気持ちはしないでしょうから、前もって話しておこうって話してたの」

…秋永さんからの報告通りだ。津江崎家の一人娘である京さんは笹ヶ谷さんが好きで、子どもの頃からアプローチをしていると。
写真も見せてもらったが、小顔で目鼻立ちのくっきりとした派手顔だ。性格も活発でいつも楽しそうにしていて、いるだけで周囲が明るくなるような人だという。
清隆さんが言葉を濁すような性格ではないと思ったけど、笹ヶ谷さんが好きだってことを隠すためにあんな言い方をしたんだろうか。

「私、大丈夫です。上手くやります」
「菜乃花さん…、ありがとう」
「二人きりで話すとか、そういうことはないんですよね?」
「ええ、もちろん。私たちも協力するから」
「ありがとうございます」

私は改めて決意を声に出した。

「絶対に、成功させましょう!」



笹ヶ谷さんたちが本当にギリギリで到着する少し前に、実父もタワマンのエントランスホールにやってきた。秋永さんは部屋に入らず実父が帰るまで待機する手筈になっていて、執事って本当に大変な仕事なんだとつくづく思った。
せめてこの料理を持ち帰れたらいいのに、そう思ってしまうくらい目にも楽しく、某グルメレポーターのように、味の宝石箱や〜! と騒ぎたくなるくらい美味しかった。

トマトとモッツァレラチーズとバジルのサラダーーカプレーゼをピックを使いピンチョスにしたものは酸味が効いて後味がさっぱりしている。
薄めに切ったバゲットに、ペーストしたアボカドとマリネにしたサーモンの切り身を乗せたカナッペは滑らかな口応えとオリーブオイルが風味を引き立てて、いくらでも食べられそうだ。
メインのローストビーフは香ばしく、見ただけでお腹が鳴ってしまいそうだった。外側はしっかりと茶色く焼かれ、中は湯せんでしっとりと赤い。その絶妙なコントラストは、高級店の宣伝に使われていても納得してしまいそうだった。
デザートも素敵だった。梨や林檎、葡萄など秋の果物をふんだんに使ったひと口サイズのタルトはさっぱりとした甘さが病みつきになりそうで、はしたなく幾つも食べてしまいそうになった。
飲み物もアルコールばかりではなく、お酒は控えたい人のために、ソフトドリンクが用意されていて、琥珀色のシャンパンや、ノンアルコールのワイン、サングリアのジュースなど数種類に及んだ。気遣いが分かるような細やかさだった。

…と、ここまで感想が湧いたのは私じゃない。津江崎 京さんだ。私は控えめに、お淑やかに料理をそれぞれひと口、ふた口つまんだだけにすぎない。家に帰ったら何か作ってもらおう。
彼女はこれらの感想を嫌味なく、一方的なお喋りにならないよう気を付けながら語っていた。話に聞いていたような厄介さはちっともなくて、私にも優しくしてくれた。

「はじめまして! あなたが菜乃花さんね? 睦月からここに来るまでに、お話しを聞かせてもらったの。仲良くしてもらえたら嬉しいわ」

そう微笑みを向けられたら嫌とは言えない。漫画とか小説で見かける、天真爛漫なお嬢様。そんな印象を受けたが、もう笹ヶ谷さんは諦めたということで良いんだろうか。
視線をほんの一瞬だけ笹ヶ谷さんに向けてみたが、実父と何やら話していてこちらには気付いていない。

「ありがとうございます。私のほうこそ、津江崎さんとは仲良くしていただきたくて…どうぞ、よろしくお願いしますね」

私は本心からそう言った。
だって笹ヶ谷家がお世話になった家の人だ。心象が悪くなったらいけない。お淑やかに、控えめにーーー

この後に起こる修羅場も知らずに、そんなことを危機感もなく考えていた。
< 14 / 29 >

この作品をシェア

pagetop