ガーベラをかざして

「それで、秋永さんは納得できたんでしょうか?」

睦月さんは無表情で言った。側から見ると何を考えているのかわからなくて怖いが、そんな怖い人じゃないともう知っているので緊張することはない。私はどう応えたものか、「ううん」と唸って、ありのままを話そうと思った。

「それが泣きだしてしまって...雅樹さんも私もびっくりして慰めたんですけど...そこら辺は聞けなかったんです。何も言ってきてないので大丈夫とは思うんですが」
「後で雅樹さんに、それとなく聞いてみましょう」

睦月さんはそう言いながら式場のパンフレットに目を落とした。狭いアパートで炬燵にあたりながら式場や衣装のパンフレットを見る御曹司ーーうん、違和感がすごい。
本来の私を見たいと言いだした睦月さんを招待したら、大量のパンフレットを抱えてきたものだから驚いた。結婚式の準備を早く進めたかったと言われてしまい、私はお茶の用意をするしかできなかった。
それからお茶を出してパンフレットを一緒に見つつ、世間話のノリであの冬の時期をどう過ごし ていたか話していたところだった。

「睦月さんは? 水流井から何もされてませんよね?」
「大丈夫ですよ、犯罪スレスレの真似をしていた証拠を押さえてありますから、何もできないはずです」
「その、水流井の奥さんは...」
「ちゃんと医者に診せると約束させました。破ったら訴訟すると条件もつけましたし、心配は無用です」

さらっと恐ろしいことを言ってた気がするけど、スルーさせてもらおう。 緑茶を啜って、真っ白なページをめくる。かわいいから美しいまで、色んなデザインのウエディングドレスが載っていて目眩がしそうだ。

「...結婚するなんて思ってなかった」

私の小さな呟きを睦月さんが拾う。

「将来的には...というのもなかったんですか」 「なかったですね。とにかく母さんを楽させたくて」
「お義母様の...その、ご容態はどうです? この騒ぎで悪化とか...」
「一時帰宅の許可が出ましたんで、来週の水曜日にいったん帰ります」
「それは良かった」
「睦月さんこそ、大丈夫なんですか」

そう聞くと、睦月さんは抜糸も済んで回復も順調だと無愛想に言った。この無愛想さでよく母さんは結婚を祝ってくれたなと思う。
秋永さんの懺悔から次の日、睦月さんはアパートに帰っていた私を訪ねてきた。驚いて声も出ない私に、「結婚してください」ときたもんだからますます何も言えなくなってしまったけど、そこをどう勘違いしたのか、「もう一度、始めからやり直させてください」「あなたしか考えられないんです」と熱烈な告白をかましてくれた。
私は色々な感情がごちゃごちゃになって、泣きながら謝罪と告白をくり返した。騙してしまって申し訳ないとか、こんな自分が好きだと思うのはおこがましいとか、今思えばよく通報されなかったな。 そのまま母さんの病室に行って結婚報告をしたんだから、病人への気遣いがないにもほどがある。それでも母さんは喜んでくれたし、結婚式には絶対に出ると約束してくれた。

恐ろしいほど順調だ。
でもこれから想像もできないくらい大変なことが山ほどあるんだろう。だけど目の前にいる睦月さんとなら、上手いことやっていけそうな気がするから不思議だ。

「菜乃花さん、この話は落ち着いてからでいいんですが」
「? はい」
「花屋を経営してみませんか?」
「花屋」

去年の春に諦めた夢の話をされて、私はパンフレットから目を睦月さんに移した。無表情なのに何となく優しげに見える。

「経営の勉強をしてもらわないといけないので、数年先とかになってしまうんですが、菜乃花さんさえ良ければーー」

睦月さんの言葉をさえぎるように、私は身を乗りだして未来の夫を抱きしめた。お茶がこぼれるとか現金だとか、そんな考えが過ぎったけどかまうもんか。
あの時ちゃんと言っておけば良かった、なんて思いたくはないから言うね。

「睦月さん、大好き」

ーー完ーー
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