横浜山手の宝石魔術師




穏やかな顔で、呼んだときは必ず来てねと言いながら帰った理恵子を冬真と朱音で見送り、部屋に戻ればアレクがカップなどを片付けている。

少し後ろをついてきていた朱音が、何か言いたそうにしていることに冬真は気が付いた。


「聞きたいことは遠慮しないで」


笑って冬真が言うと、朱音はばつが悪そうに頷いた。

冬真はリビングに朱音を促すと、大きなソファーに並んで座る。


「どうして加藤さんにあんなに、その」


「煽ったのか、と?」


言いにくそうに朱音は言ったが、冬真はわかりきったようにつなげた。


「加藤さんの性格を判断して、彼女には僕に腹が立ったとしても自分で判断して欲しかったんです。

今日お会いしたとき、彼女はかなり憔悴していました。

相当葛藤していたのでしょう。

なら後は話を聞いてもらえば僕が言うことに従うのでは無く、加藤さん自身の力で選べるようになると思いました」


冬真は色々と無茶な提案をしてはいたが、理恵子はどれも不服そうにしていた。

だが最後は笑って自分から人造石であるモアッサナイトを選んだのだ。

それはただ冬真が良いというのだからそれにする、というのとは似ているようで全く違う。


「そして次は、サファイアのネックレスの女性について聞いたことでしょうか」


朱音が納得したように、なるほど、と呟いたのを聞いて冬真がそう言うと、朱音はむっとした表情を浮かべた。

何もかも自分の心を見抜いているかのようにされれば誰だって複雑だ。

そんな朱音を見て冬真は優しい顔をするので、朱音も怒るに怒れない。


「僕の魔術師としての仕事の一つには、害を及ぼすジェムの情報を収集したり回収することもあるんです」


「あれは幸運を呼ぶ宝石じゃないんですか?」


「主役を取れたからそう思ったんですね。いえ、違います。

彼女は自分の将来にうける幸運を前借りしたのです、それも他人の幸運を削って。

本来あの主役は加藤さんが実力で叶えたものです。

それは色々な幸運で成り立っているものでもあって、それをあのジェムで曲げてしまいました。

主役となった彼女には将来不幸が重なるというだけではなく、他人の幸運を削った罰も背負うことになるでしょう。

だから早く回収する必要があるんです」


なんとなくジェムと呼ばれる宝石は魔法の石のような漠然とした印象が無かったため、そんな恐ろしいことを引き起こす物だと朱音は思わなかった。


「ジェムって、幸せを運ぶものは無いんですか?そんな恐ろしいことにならずに」


「ありますよ」


その冬真の答えに、朱音は安心した。

美しい宝石が魔術師によって悪い物に変えられてしまうなんておかしい。

きっと宝石は幸せを運んでくれる物であるべきだと思うのに。


「あのジェムは悪意に満ちているんです。

それは・・・・・・排除しなくてはなりません」


ソファーの背に身体を預けていた冬真は抑揚も無くそう言うと目を閉じた。

ただ目を閉じているだけで、その横顔はとても素敵だ。

なのに朱音はそんな横顔を見て不安に襲われた。

その不安はどこからくるのかわからないけれど。

気になって声をかけようとしたら、冬真が目を開け朱音に視線を向ける。


「ワインを飲みたいんですが、朱音さんも付き合いません?」


「ワインですか?うーん、飲みやすいのなら」


「じゃぁ朱音さんはサングリアにしましょうか、アレクの手作りで甘くて美味しいですよ?」


冬真は笑っているけれど、朱音には意地悪そうに、そして思い切り子供扱いされているのがわかって口をへの字にした。

早速アレクが目の前のテーブルに、大きなワイングラス、そして朱音の前にはフルーツがふんだんに入った赤い飲み物がタンブラーで用意される。

アレクが透明なグラスにワインを注げば、それが濃い赤で満たされてゆく。


「では。朱音さんの初めての魔術師秘書を祝して乾杯!」


「えっ?」


冬真のかけ声に、朱音はグラスを持ったまま、一言発して停止する。

秘書?魔術師秘書って?


「今、魔術師秘書って言ったんですか?

なんで祝されてるんですか?!」


冬真はご機嫌にワインを堪能し、テーブルにはアレクがつまみにと用意したチーズやフルーツの乗ったお洒落なカナッペが置かれ、朱音は冬真のスーツを引っ張って焦っている。

もしかしたら自分は最初から冬真の罠にはまってしまったのだろうか、いやどこの時点から?そもそも魔術師秘書って何するの?!

笑っている冬真に朱音が必死に声をかけるそのそばで、テーブルに置いたオレンジやリンゴの輪切りの入った赤い液体に浮かぶグラスの氷が、カラン、と何かの始まりを教えるかのように綺麗な音を立てた。
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