横浜山手の宝石魔術師
「朱音さん」
聞き慣れた柔らかなその声に首を動かせば、冬真がきっちりとしたスーツ姿でこちらに歩いてくるのに気が付き、朱音は心からほっとした。
さっきまで朱音と男が密着していても周囲は無関心だったのに、女性達は皆冬真が気になるようで一斉に視線を向けている。
「知り合い?」
男に聞かれ、えっと、と口ごもっていると目の前に冬真が来た。
平川は割と自分を悪くないルックスだと自覚しているし持っている物もブランド物なのに、目の前の男はそういう物を超えた印象を持つ。
なにより近づいて初めて気が付いた、自分より目の前の異様に顔の整った男の方が遙かに背が高いことを。
外国人なんだ、身長が高いのも普通だろうと平川は自分を納得させた。
じろじろと不快な視線を平川が冬真に向けても、冬真は変わらず笑みを浮かべている。
「僕は朱音さんの保護者みたいなものです。
送ろうとしていただきありがとうございます。
後はこちらが引き受けますので」
終始笑顔で答える冬真に男は最後、ふぅん、と小さく呟いた。
間違いなく良い品々に身を包んだ美しい男が、わざわざ飲み会の場所までこの女を迎えに来ている。
簡単に持ち帰れそうだと思って声をかけたつもりだが、そんな女なら余計に落としてみたいという気持ちが男に沸いてきた。
「相良さん、また改めて食事でも。
これ名刺。俺のメアドと携帯も載ってるから連絡待ってるね」
そう言って鞄に入っていた名刺入れから名刺を一枚引き抜いて朱音の手に置くと、じゃぁと去って行った。
朱音がぽかんと名刺を持ったまま立っていると、冬真は知られぬようこっそりため息をつく。
朱音が男の意図を理解していない様子を見て、簡単に誘い出されたことは容易に想像がついた。
そして自分がわざとらしく牽制したのに、怯むこと無くわざわざ名刺まで持たせるあたり、草食系男子が多いこのご時世に珍しく肉食系の男なのだろう。
度胸に加え女慣れしている点でも、すれていない朱音など一瞬で食べられそうだ。
店まで迎えに来て本当に良かったと冬真はしみじみと思った。
「朱音さん帰りましょう」
「あの」
戸惑っている朱音に冬真は笑顔を向ける。
「冬真さん、お仕事大丈夫ですか?わざわざ迎えに来ていただかなくても」
「アレクが駐車場で待ってますよ」
朱音の言葉に違う返事をした冬真に、朱音は迎えに来てくれて嬉しいという気持ちよりも、飲み会の前に抱いていた複雑な感情が顔を出す。
黙って冬真の後ろに続き、ビルの地下にある駐車場に着くと人気は無い。
コンクリートの冷たい景色と少し薄暗い中を歩き、車を見つけるとすぐにアレクが降りてきて後部座席のドアを開け、朱音に先に入るように冬真に促されると、朱音は声を出さず頷いて乗り込みその隣に冬真が座る。
結局洋館に到着しても一切何も話すことは無く、洋館に入ると朱音は冬真とは目を合わせないように、
「ありがとうございました。おやすみなさい」
そう言って部屋のノブに手をかけた。
「何か、僕に言いたいことがあるんじゃないですか?」
背後から冬真がそう聞いても、朱音は首を振るだけ。
「迎えに行ったのは余計なお世話でしたか?
もしかしてデートの予定を壊してしまったのなら謝ります」
そんなことはないけれど何かが朱音の中から湧き出して、声を発してしまえば、出てくる言葉は間違いなく冬真を責めてしまう。
視線を合わせず何も言わないままドアを開けようとしたら、そのドアに手を伸ばされすぐ側に冬真がいた。
「朱音さん、僕は魔術師ですが簡単に人の心は読めません。
話してくれないと朱音さんにそんな顔をさせてしまった理由がわからないんです」
「読むことは、出来るんですか」
「えぇ、可能ではあります」
「ならそうして下さい」
投げやり気味に朱音は言ってしまった。
束縛が嫌だ、やめてほしい、でも、という色々な感情が混ざり合って解けない。
いっそのこと魔術でも何でも良いから、私にもわからないこの感情が冬真さんに伝われば良いのに。
段々とこの洋館を出て行くことになるのかな、という気持ちが増えてきて、朱音は俯いた。
「少し、リビングに行きませんか?
きちんと朱音さんと話しがしたいんです」
朱音は俯いたままだったが、少しして頷いた。