密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
4 幸せと隣り合わせの悪夢
駅から直結のビル内にあるカフェは、混み合う時間帯というものがない。一日中、常に混雑している。
五十席ある店内は参考書を開く学生や、デート中のカップル、仕事の打ち合わせをしているサラリーマンなどで埋め尽くされていた。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」

レジを任された私は、カウンター越しにお客様に笑顔を向けた。

一ヶ月みっちり行われる研修期間の真っ最中。
終わると一応は一人前と見られ時給も少し上がるらしいが、ドリンクのメニューが多く、カスタマイズも多様なのでまだまだ作り方を覚えるのに必死な毎日。

けれども、バイト中はドリンクが三杯まで無料なので、コーヒー好きの私にはそれだけがすごく楽しみだった。

「お疲れ様でした」

退勤時間の午後六時を迎え、私はスタッフたちに挨拶をする。

「君塚さん、お疲れ様でした」

呼ばれ方に違和感はあるけれど、私は笑顔で会釈した。

透真さんのマンションを出て、実家に戻って二週間ほど。未だに区役所から離婚届受理の通知は届いていない。
私は依然、君塚春香のままだった。

「透真さん、離婚届まだ提出してないのかな……」

仕事がかなり忙しいだろうから急かすわけにもいかないけれど、籍が入ったままだとなんだか宙ぶらりんなままで、自分が何者なのかよくわからなくてスッキリしない。

結婚は三ヶ月の契約だったのだから、わざわざきちんと入籍までしなくてもよかったのではないかと思ってしまう。手続きが正直面倒なのだ。

けれども、おそらく透真さんは弁護士である立場上、契約関係を蔑ろにしたくなかったのだと推察する。
それにご両親に本当に入籍し、離婚したと報告するためにも必要な手続きだったのだろう。

もう、私にとっては関係のないことないのだけれど……。

電車に乗り、青空商店街がある最寄り駅で降りた。
久しぶりの立ち仕事は体に堪え、最近疲れが溜まっている。

ダルくて熱っぽいな、と思い体温計で計ってみても、結果は三十七度ほど。
環境が変わったばかりで疲れてるんだと自覚して、なるべく夜ふかししないで早く寝るよう心がけている。
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