偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています
「千春さんは……本当にいい匂いがしますね」
「っ……んっ」

 耳の後ろに鼻をつけ、匂いを嗅ぎながら囁く倉木さんに、体は勝手に反応する。ふふっと耳たぶを吐息が擽ると、「……可愛い」と首筋をベロリと舐められた。

 気がつけばベッドに移動していて、そしてあっさりと身につけていたものは剥ぎ取られていた。
 大きな狼に組み敷かれて逃れられるわけもなく、なすがままに翻弄されている。
 倉木さんの首元からはまた甘い香りが漂っていて、それはだんだんとクラクラするほど濃密になっていく。

 これはもしかして……フェロモン、なの?

 むせかえるようなその香りを吸い込むたびに、体が熱を発するようだ。

「やっ、あっ! 倉木、さ、ん……」
「名前……呼んでください」

 耳に付けた唇から熱い息が届く。それだけでピリピリと体が痺れる。

「名前、知り……ま、せん……」

 倉木さんから逃れるように体を捩ると、ややあってまた囁かれた。

「とうや……です」
「とう、や、さん……?」

 そう返すと絡め合った両手を握られた。

「さん、は嫌です……」

 そう言えば同級生だった。と理性を失いかけている頭のすみで思い出す。

「……とう、や、くん……?」

 そう口に出すと、胸の奥で何かが引っかかる。でも、それ以上は考えさせてくれない。
 ほんの0.0何ミリかの薄い膜だけで遮られた『そこ』が、ズクリと大きさを増し私の中を満たす。

「ひっ、やっ、あぁ!」

 思わず悲鳴のような声を漏らすと、顔を上げたとうや君は舌舐めずりをして私を見た。

「本当。……可愛いよ」

 そこからの記憶はほとんどない。途切れる意識の中、「……ちーちゃん」と呼ばれた気が、した。
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