偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています
 それからほんの数日後の金曜日の夜。僕は久しぶりに都内に来ていた。地元からそう離れているわけではないが、普段は仕事も忙しく出かける暇もない。
 休日は母の代わりに家事をしている。あとはジムに行ったり読書に勤しんだりしているとすぐに休みは終わってしまう。
 別にこんな生活でいいと思っているし、彼女を作ろうとも思わない。
 誰かと付き合ったところで、結局自分の性格からいって上手くいった試しなどない。いくら体つきが良くなろうが、性格はなかなか変えられないでいたから。

「本当に……ここ?」

 指定された店の前で戸惑う。少し高級そうではあるが、そこはどう見ても居酒屋、だった。
 店に入り名前を告げると奥に案内される。一応個室らしいが、あちこちから酒の力を借りた大きな声が聞こえてきた。

「お連れ様がご来店されました」

 引き戸を開けスタッフが中に声を掛ける。僕はその人に促されその小さな部屋に入った。

「お待たせしてすみません」

 約束の時間は5分ほど過ぎている。謝りながらそこに座る人の顔を見た。

「よっ! 久しぶり!」

 その人は咥えていた電子タバコを口から離すと、明るい調子で手を振り上げた。とても十数年ぶりに会ったとは思えない軽さだ。

「えっと……。本当に、夏帆ちゃん、なんだよね?」

 思わず確認すると、彼女は笑った。

「そうだよ。ふゆちゃん?」

 僕のことをそう呼ぶのは夏帆ちゃんだけだ。急に懐かしさが込み上げ泣きそうになった。
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