魔法使いは透明人間になりたい

 
「はい、巴音」
 
 佑から、キラキラしたスーパーボールを渡された。
 
「え、なんで?」
「今日の記念。こんなので申し訳ないけど、一番綺麗なの取ったから」
 
 透明でダイヤモンドみたいにダイカットされたそれは、光の反射具合によってはきらきらと光るものだった。
 
「いいの?」
「もちろん」
 
 少し大きくて、きれいなスーパーボール。
 いまのこの時間のように、きらきらと輝いている。
 
「ありがとう、佑」
「うん」
 
 巾着の中に大切にしまう。
 今日の、記念。その言葉がくすぐったくて、本物のカップルみたいで嬉しかった。
 
「それにしても、夜になっても暑いね」
「だねー」
 
 空を見上げてみると、少しずつ群青に染まりつつあった。冬のようにきれいに星は見えないけれど、ときどきちらちらと光っている。
 太陽が沈んだからか昼間のような暑さはないものの、ぞんぶんに温められた空気のせいでまだ暑い。周りを見渡してみると、かき氷の屋台に目が行った。
 
「佑、かき氷食べようよ」
「いいね、賛成」
 
 まだ暑いせいか、かなり並んでいた。一番後ろに並んで、テントからぶら下がっている味のフダを眺める。イチゴやメロン、ブルーハワイなどの定番から、ちょっと変わり種のシロップもある。
 
「巴音は何味が好き?」
「無難にイチゴ。佑は?」
「俺はレモンかなー」
「でもさ、かき氷のシロップって全部同じ味なんだって」
「知ってる。色のせいで錯覚してるだけなんだよね」
「人間って不思議」
 
 なんてことのない話をしていると、列は進んであっという間にわたしたちの番になった。
 
「何味にする?」
「イチゴ」
 
 佑は少し笑うと、屋台のおじさんにイチゴとレモンを告げ、財布から小銭を出した。
 
「あ、払う」
「いいよ、おごらせて」
「……ありがとう」
 
 別にバイトしてるし、と思ったけれど、ここは大人しくおごられておくことにした。変な波風は立たせたくない。
 ガリガリと氷が削られていく音がして、よく見るかき氷のカップに白い氷が積もっていく。そんなに? と思うほど山盛りになった氷に赤色のシロップをかけると、すぐにしぼんでいってしまった。
 
「ありがとうございます」と、佑が両手で黄色と赤のシロップがかかったものを受けとって、わたしに渡してくれる。
 
「向こうで食べよっか」
「うん」
 
 広めの少し人がいない場所を見つけて、わたしたちは端っこに立つ。
 
「いただきます」
「いただきます」
 
 ストローの先が切られたスプーンで氷をすくって、口に入れる。イチゴの甘味と氷の冷たさが、身体中に染み渡った。
 錯覚でイチゴの味がするだけと言うけれど、やっぱりこれはイチゴ味だ。
 
「夏って感じがする」
 
 思わずつぶやくと、佑は遠くを見ていた目をわたしに向けた。目が、なんで? と続きを促していた。
 
「浴衣着て、おしゃれなエスプーマとかかかってない普通のかき氷食べて。思い描く夏を満喫できてるなぁって」
 
 スーパーボールすくいをして、これから花火まで見る。
 こんなに夏らしいことをするのは、小さい頃おばあちゃんの家に行ってお祭りに行った以来かもしれない。
 
「俺も。こんな典型的な夏を過ごすのは久しぶりかも」
「佑の夏は、どんな夏なの?」
「ツアー先のホテルかなぁ」
 
 ああ、そうか。
 Merakはデビュー前からだいたいいつも夏にツアーをしてきた。地元のお祭りなんて、もう何年も行っていないのかもしれない。
 
「デビュー前も先輩の舞台とかコンサートについてたから、お祭りとか行ったのは事務所に入る前かも」
「そっか。10年ぶりくらい?」
「うん。運良くホテルから花火大会が見えたことあるけど、窓からしか見れないし」
 
 そう言いながら、佑がかき氷を食べた。レモンの、甘いけれどわずかな苦みと酸味のある匂いがして、それがなんだか佑に無性に合っているような気がした。
 
 イチゴ味を食べながら、空を見上げた。群青だった空は今はもう真っ暗な闇が広がっていて、白く神々しい輝きを放つ月が浮いていた。
 
「じゃあ今日は、しっかり生で花火を見よう」
 
 わたしがそう、言ったときだった。
 

< 23 / 47 >

この作品をシェア

pagetop