魔法使いは透明人間になりたい


 内陸部にあるひまわり畑へは、車で向かうことになった。
 
 結局お互いがバイトを詰めすぎていて日程がなかなか合わなくて、お盆明けの8月も終わり頃になってしまった。あれだけうるさかったセミたちは少し落ち着いて、今ではツクツクボウシが鳴き叫んでいる。
 
「車出してくれてありがとう」
「いいよ。最近運転してなかったし」
「自分の車?」
「まあ、そんなとこ」
 
 青色のSUVは、佑の印象と違って少し驚いた。
 SUVみたいなゴツい車に乗るよりかは、お洒落なクラシックカーや外車にでも乗っていそうなのに。これがギャップというやつなのかな、と思う。
 
 信号を待っている間、佑はスマホを操作して音楽を流し始める。Merakのファーストアルバムだった。
 
「Merakだ」
「やっぱりさ、どうしても聞いちゃうんだよね」
「良い曲いっぱいあるもんね」
 
 ファーストアルバム。なんだかすごく懐かしい。
 鼻歌を歌いながら、佑は運転する。ブレーキも滑らかにかけるし、運転慣れしているようだった。
 
「佑が運転する印象なくて、ちょっとびっくり」
「ほんと? まあ、普段は翔平くんが運転してるしね」
 
 動画でドライブ企画があっても、運転しているのはだいたい翔平で、佑はどちらかというと後ろの方でメンバーとわちゃわちゃしていた。そんな様子を、末っ子だなぁと思って見ていたっけ。

 あのころは、佑が運転するなんて知らないしSUVにも乗っているなんて知らなかった。みんなでわいわい騒いで茶々を入れる佑しか見たことなかったけれど。
 
 助手席から、ちらりと運転する佑を盗み見る。
 運転する姿は、かっこいい。
 
「ん?」
 
 こっそり見ていたのがバレたのか、佑が少し笑ってこっちを見た。
 
「……なんでもない」

 少し走ると、高速道路に入った。スピードが上がって、流れる景色も速くなる。窓の外の景色は山ばかりになった。
 
 曲が変わった。それは春に出たばかりのシングルだったけれど、音源にどこか違和感を抱く。トンネルに入って、薄暗くなったところではたと気がつく。
 
「……これ、佑の声がないね」
「え?」
 
 佑はじっと聞き入るような表情をして、流れる音楽を聴いていた。CMのテーマソングで、青春を送る若い子への応援歌的な楽曲だ。有名なアーティストから提供されていて、歌詞はメンバーの和哉が書いたことで話題になった。
 
「ほんとだ」
 
 まるであいさつをするでもように、さらりと佑はつぶやいた。
 
「魔法の効力かな」
「……いいの?」
「なにが?」
 
 思わず口をついて出た言葉に、わたしは口をつぐむ。
 いいの? なんて、どうして言えるんだろう。
 佑はこの世界を、待ち侘びていたはずなのに。これでいいんだよ、佑にとっては。
 
「……ほんとに、佑はこの世界からいなくなっていくんだね」
 
 トンネルを抜けた。青い空と太陽が眩しくて目を細めて首ごと背ると、佑の表情が視界に入る。
 その瞬間、ドキンと胸が鳴った。
 
 ーーいい、なんて、佑は思っていない。
 
 前を見据えるその表情があまりにも寂しそうで、辛そうに見えた。自分の声がないなんて、気にしてないなんて、たぶん嘘だ。そう振る舞っているだけなんだ。
 
 そんなことに気がついてしまえば、わたしはもうこの話題に触れることはできなかった。
 
「ひまわり、楽しみだね!」
「だね。内陸だからちょっと涼しかったらいいけど」
 
 話題を変えて、明るく振る舞うのが一番なんだ。

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