魔法使いは透明人間になりたい
思い当たらない記憶。けれど、ここに表示されているということはすべてわたしがやったという事実だった。
緊張はしなかった。凪いだ気持ちで、ひとつめの申し込みを確認する。わずかにロード時間があって開いてみると、いきなり当選の文字があった。
「あ、当たった」
『うそー! ほんとに!? マジで!?』
「うん」
やったー! と、真衣は相変わらず叫んでいる。
叫びたくなるほど嬉しいことなのか。わたしにはよくわからなかった。
『よかったね、佑に2回も会えて!』
「……うん」
真衣は、わたしがMerakで松永佑のことを好きなことを知っているらしい。でも、わたしでいいのかなと思う。
いまのわたしは、松永佑についてほとんどなにも知らない。そんな人が当たって、もっと大好きでずっと応援している人が外れていたら。
……でも。
真衣との電話を切って、あらためて部屋を歩き回る。いろんなところに、さりげなく落ちているMerakと松永佑への愛。
わたしは本当に、いままでずっと、松永佑のことをとても好きだったらしい。
「なんで……」
机の上のツーショットの写真を見つめる。
この写真の意味もわからない。合成? さすがに好きすぎたとしても、そこまで自分がやると思えない。というか、やらないでほしい。
自分の身に何が起こっているのかもわからない。けれど、だれかに相談できるようなことでもないし、内容でもない。Merakと松永佑についての記憶がなかったとしても、日常生活は困らない。
さっき片付けたばかりのファイルすべてをまた取り出す。年号順に並んでいるなかから、一番古いものを開く。
『僕たちのことよろしくね!』
はじめての取材、緊張した様子のぎこちない笑顔。そこから段々と慣れてきたのか、自然な表情になっていく。それまでは1人や一緒のタイミングで事務所に入ってきた子と写っていたのが、『Merak誕生!』の特集と共に5人に変わる。
「……Merakは、セルビア語で、日常の小さな喜びから幸せを感じること。みなさんに毎日喜びを届けられる存在になり、幸せになってもらいたいです」
そうやって、雑誌はいつのまにか常に5人で出るようになった。
はじめてのコンサート。最後のあいさつで、すぐに泣いてしまった佑のこと。
はじめて出た舞台、緊張しすぎて頭が真っ白になったとき、新堂凛斗が助けてくれたこと。
はじめてのドラマ、はじめての歌番組。
雑誌の記事があるということは、わたしは当時のことをひとつも欠けることなく、すべて知っていた。でも、いまのわたしはそれを知らない。
ファイルが変わって、4冊目のページをめくっていくと、ついに『デビューおめでとう』の記事が出てきた。
鼻の奥がツンとした。
なんで知らないの、なんで覚えてないの。
知りたかった、覚えていたかった。
こんなにわたしは知っていた。こんなにたくさんの時間をかけて応援していたのに。
「なん、で」
口に出せば泣いてしまいそうだった。
いろんなところに立ち会ってきたはずなのに、それすらも覚えていないなんて。
今まで応援してきた事実はあるのに記憶がない。そのことが、胸を抉り続けた。