魔法使いは透明人間になりたい



 9月も中ごろになってくると、だいぶん涼しくなってきた。まだまだ日中は暑いときもあるけれど、朝晩は少し肌寒さを感じる。季節限定のドリンクはかぼちゃ風味で、頼む人も多くなって、秋を感じ始めた。

「ちょっと元気ない?」
 
 お客さんが途切れた間ぼーっと立っていると、隣のレジにいた平井さんにそんなことを言われた。思わず「へ?」と間の抜けた声が口から飛び出す。

「な、なんでそんなことを?」
「気のせいかなーとは思ったんだけど、先月はすごく楽しそうだったのに、最近はなんか元気ないかなあって」
「そう……ですかね」
「なんだかんだずっと出てくれてたし、疲れてるんじゃない?」

 疲れ、か。
 周りからは、そう見えているんだなあ。

「大丈夫です、元気なので」

 心に引っかかっていることといえば、松永佑のことだった。
 あの人のことを考えると、胸が痛くなるときがある。その理由はわからない。

 新しく発表されたアルバムのリード曲のセンターは、いつもの木林翔平ではなくて松永佑だという。真衣が興奮気味にメッセージを送ってきてくれたから少し調べると、Merakのセンターは下積み時代からどの曲も木林翔平だったらしい。

 でも、今回のリード曲は松永佑が作詞をした曲だから、彼をセンターにしようと、メンバーと話し合って決めたらしい。アイドル雑誌のインタビューで、彼らはそう答えていた。

 使命感のようなものがあって、Merakの出る雑誌は買い揃えていた。アイドル雑誌もファッション誌も、本棚には雑誌が溢れている。

 セカンドアルバムのタイトルは、やっぱり『Fall in Merak』。秋にまつわる曲がたくさん詰まっているらしい。もうすぐそれも発売日だ。複数形態出るらしいから予約した。

 アイドルを推すのにはお金がかかる。
 そんなお金をかけて出るもの全部集めるのは、松永佑が好きだからではない。松永佑のことが好きだった、今までのわたしのためだ。

 自動ドアが開いて、お客さんが入ってくる。黒いボーダーのシャツをデニムにタックインしていて、キャップを深く被ってマスクをつけている人。背が高いからかそんなシンプルな格好でもとてもおしゃれに見えて、目についた。

 あんな格好がおしゃれに見える人と、そうでもない人に見える違いはなんなのだろう。

「いらっしゃいませ」

 その人は隣の平井さんのレジが開いていたけれど、そちらには目もくれずにわたしのほうにやって来た。そういう人は、時々いる。純粋に奥に詰めようとする人かな、と思う。

「お決まりでしたらお伺いします」
「ソイラテのはちみつ多めで」
「かしこまりました。お支払いはどうされますか?」

 そのとき、ふと視線を感じた。
 レジから顔を上げると、お客さんがわたしのことをじっと見ていた。

「あの……?」
「あ、ああ! すみません、スマホ決済で」
「かしこまりました」

 チラッと見えたスマホのホーム画面は、青い空と黄色いひまわりがきれいな写真だった。二次元コードを読み取ると、陽気な音が聞こえてくる。

「お待たせしました。あちらに並んでお待ちください」
「ありがとうございます」

 ……あの人、なんでわたしのことを見てたんだろう。
 知り合いだったのかな。
 でも、あんな背が高い男の人の知り合いなんていない。それに知り合いだとしたら、声をかけてくるはずだ。

「吉岡さん、休憩っす」
「うわっ」
 
 考え込んでいると、いつのまにか隣に立石さんが立っていた。なんか、前にもこんなことがあったような。そんな気はするけれど、いつのことかは思い出せない。

「……さっきの人、見てましたね」
「やっぱり?」
「まあ変な人もいるんで」

 立石さんはそう言いながら、レジの準備をする。
 心配してくれたのかな。ふっと思いついて、聞いてみる。
 
「心配してくれてるんですか」
「いや、変わった人もいるんだなって」
「おい」

 
 
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