*触れられた頬* ―冬―
「お、坊ちゃまはやめてください……確かに、その凪徒ですが……良く分かりましたね」

「忘れるなんてことございません。桜社長様には大変お世話になりました。それに凪徒さんのあの凛とした眼差し……お変わりありませんもの」

 椿は懐かしそうに微笑んだ。

 モモには相変わらず見えなかったが、母親の喜びが手に取るように感じられた。

「皆様もお変わりありませんか? あの時のご恩を(あだ)で返すような振る舞い、お許しいただけないとは思いますが、心よりお詫び申し上げます」

「いえ、そんな……」

 凪徒はそれきり言葉が続かなかった。

 母はともかく兄が死んだことを、上手く伝えることが出来ない気がしたからだ。

「モスクワへはお仕事で? どのように私の所在をお知りになったのでしょうか?」

 口ごもった理由に気付いた訳ではないだろうが、椿は答えを待たずに話題を変えた。

 凪徒はその切り替えを良いきっかけと(とら)え、真っ直ぐで真摯(しんし)な瞳を見せる。

「仕事の一環でもありましたが……椿さん、貴女を探しに参りました。貴女の娘さんと一緒に──」

「えっ?」

 訊き返す、色を変えた椿の声。

 ついにモモが母親と対面する、運命の『時』に辿(たど)り着いた──。


< 105 / 238 >

この作品をシェア

pagetop