*触れられた頬* ―冬―
「神様は本当にいらっしゃるのですね……生きている内に貴女に会えるだなんて……こんな罪深き私にも……光を与えてくださるだなんて……」

「お……母さん……?」

「『お母さん』と呼んでもらえることなんて、一生有り得ないと思っていました……ありがとう……ありが、と──」

 涙が掌を伝って落ちていった。

 椿はほんの少し嗚咽(おえつ)を洩らして、やっと落ち着きを取り戻し、近くにあったハンカチで涙を(ぬぐ)って顔を上げた。

 モモの大きな瞳をほんのり細めたような、憂いを(たた)えた優しい眼差し。

 自分よりもロシアの血の濃いことが感じられるすっとした鼻筋と輪郭。

 そして同じ形をした小さな丸みのある唇は、泣くのを我慢しながらうっすらと微笑んでいる。

「そちらへ……行っても良いですか?」

 モモはもっと近くで母親を感じたいと思った。

 自分は駆け寄りたい衝動を押さえているのに、(いま)だベッドを挟んでの二部屋を(また)いだ会話は明らかに不自然だ。

「ご、ごめんなさいっ……こんな狭い部屋に籠もったままで、立ち話をさせてしまって……今、そちらへ行きますね。とても……みっともない姿で、申し訳ないのですけれど……」

「え……?」

 椿は……立ち上がりはしなかった。

 両肩が上がり、身体の両脇の何かを動かすように腕に力が込められた。


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