*触れられた頬* ―冬―
「もう……モモのこと、僕よりずっと分かっているんですね……」

「あいつは俺の一番弟子だからな」

 二人は苦々しく笑いながら、部屋の暖かさなのか焦りなのか、良く分からない汗を額にうっすら浮かべていた。

 やがて凪徒は体勢を戻し、もう話を終えたつもりでそれを(ぬぐ)ったが、洸騎の方は「本題は此処からだ」と言うように一旦(ツバ)を呑み込んだ。

「桜さん……」

「ああ」

 隅に置かれた自販機から、飲み物でも買ってやろうと立ち上がった凪徒の背に、静かな洸騎の声が呼び掛ける。

「相思相愛だったと浮かれているのなら、ぬか喜びさせてすみません。貴方がどんなにモモを好きでいてくれても、もう、モモは……此処から、貴方の(もと)から……いなくなります」

 ──え?

 凪徒は時が断ち切られたように、カタカタと小刻みな音を立てて振り向いた。

「最近流行りのニュータイプ・サーカスをご存知ですよね? ミュージカルや様々な芸術を混ぜ込んだ……専用の常設劇場が僕達の街に出来るんです。モモはその劇団のプロデューサーに見初(みそ)められました……彼女は此処を辞めて、其処へ移る話し合いをする為、育った施設の──保護者に当たる人物を呼んだんです。モモは未だ此処との契約を、独りでは破棄出来ない十八歳未満ですからね。だから僕は運転手を買って出て、園長とその娘である一人の職員を連れてきました。今頃は団長室で、退団の手続きが進んでいる筈です」


< 208 / 238 >

この作品をシェア

pagetop