*触れられた頬* ―冬―
「そ、それじゃあ、行ってきまーす!」

 運転手は暮、凪徒は助手席、モモは後部座席に乗り込んだ。

 先程のピン留めゴリ押しに少々の疑問を残しながらも、笑顔で見送る二人と、作業を中断し集まった皆に手を振る。

 サーカスの敷地を出て、颯爽と空港を目指す車内のモモも凪徒もそれなりににこやかだが、暮はそれに輪を掛けてにこやか、いや……にやけ顔だった。

「いいな~ロシアなんてサーカスの本場だぞ? 婚前旅行にはもってこいだな! そのままハネムーンになっちゃったりし──イデデッ!!」

「だぁれが婚前旅行だってぇ~!?」

 いつも通りの冷やかしに、凪徒は思い切り暮の太(もも)をつねり上げた。

 それでも嬉しそうに真正面を向いて安全運転を心掛ける横顔を見つめ、凪徒は少し雰囲気の違う暮を不思議に思った。

「暮?」

「あ~ん?」

 上機嫌な返事だけを隣に向ける暮。

 凪徒が「なんかいいことでもあったのか?」と問い掛けた途端、暮は待ってましたとばかりに溢れ出す笑いを止められなかった。

「ふふ……ふふふ」

「何だよっ、気持ちわりぃな!」

 ──俺も今夜、茉柚子さんとデートだもんね~!

 言い出したい気持ちを何とか抑えながら、暮の「ふふふ笑い」はしばらく車内に響き渡った──。


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