スパダリとはなんぞ?
 藤原君と待ち合わせをして、会社近くのピザ屋さんに行くことになった。
 
「開店前から気になってたんだよね。シンプルなのもいいけど、その店オリジナルのゴテゴテしたやつもいいよね」
 
 るんるんな藤原君はやっぱりピザが大好きなのだろう。
 
「どこで食べてもそこそこ美味しいのがピザの強みな気がするけど、今日のお店は会社から近いし期待だね! 美味しかったらすごくリピートしたい」
 
「一緒にリピしよう! ファミレスのマヨコーンピザなんて意外と美味しいし、スーパーの照り焼きピザも半額の買ってチンして食べたら結構美味しいけど、窯焼きピザはきっともっと美味しいはずだよ。楽しみだなあ」
 
 店に入る前から次の約束をニコニコする藤原君はとても可愛い。
 店は内装がとても落ち着いていた。
 
「俺は定番マルゲリータにするよ」
 
「じゃ私は鴨肉と長ネギの和風ピザ」
 
「結構攻めるね」
 
「ふふっ、やっぱり定番と定番を外したやつをチョイスしないとね」
 
 二人でニヤッと笑ってから、従業員を呼んで注文した。
 割とお客さんも入っていたのに、焼き立てがすぐにテーブルに到着した。
 ……超美味しかった。
 マルゲリータはモッツァレラチーズたっぷりで生バジルの葉はあと乗せで香りもよかった。
 鴨肉と長ネギの和風ピザは、結構大きくカットされた鴨肉が豪華に乗っていて、醤油ベースの味付けがよく合っていて美味だった。
 仲良く「美味しいね」とシェアできる友人がいるのはいい。
 デザートには、当たり外れが大きいティラミスを二人して頼んだ。
 ティラミスは夜に食べるとアダルトな意味になるとか言うが、そんなことは気にしない。
 
「ピザはすごく美味しかったし、デザートも楽しみだね! ティラミスは眠気覚ましのコーヒーも入っているし強いアルコールも入ってるから、夜に男女で食べると深い意味になるんだって」
 
 お腹いっぱいで幸せそうな藤原君は、ワイン一杯だけしか飲んでいないのに、顔は真っ赤でニッコニコだ。
 この酔っぱらいめ。
 
「そんなことをわざわざ口にするなんて、藤原君が私を誘ってるみたいにしか聞こえないからね。他の女性にしたら絶対誤解されるから気を付けなよ」
 
 割と強めに指摘する。
 意図せずに下ネタを言ってしまうほど恥ずかしいことはないと思う。
 私は今日一切飲んでいない。お酒は好きだが驚くほど弱い。だから、家ですぐ寝られる環境でないと飲めないのだ。
 
「やっぱりさ、高木さんも完全無欠なスパダリがいいよね……」
 
 スパダリのせいでフラれた過去でもあるのだろうか。
 
「そもそも完全無欠な人なんていないよ。いたとしても万人に愛されるとは限らないし。『非の打ちどころがないという悪徳を持っていた』とか逆恨みされちゃうこともあると思う」
 
 人は他人に嫉妬する生き物だ。
 
「ヘルマン・ヘッセ?」
 
「うん。『少年の日の思い出』。小学生の時に教科書で見た時には、虫の描写が気持ち悪いとしか思わなかったんだ。だけど、大人になってから読むと、子供の頃には読み取れなかったことにたくさん気付けたよ」
 
「高木さんは学があるな」
 
「だから教科書に出てたんだって。その一節でヘッセだってわかる藤原君の方がすごいよ」
 
「すごくない。記憶力がいいだけ。高木さんだって俺よりも、営業成績トップの西園寺さんとかの方がいいよな……」
 
 モテる男と比較して卑屈になっているのだろう。
 社員が多いウチの会社の中で、私でも知っている男性社員の名前を挙げられた。
 
「あの人、華やかなイケメンで超モテるけど、付き合った人と職場でしてるから個人的にはちょっと……」
 
 背徳感がいいらしくいろんな場所で致しているのだ。それを密かに目撃して逃げた人は結構多い。
 部長のデスクでも、給湯室でもしていたそうだ。
 
「え、してるって……、男女の営み的な?」
 
「うん。結構有名な話だよ」
 
「う、うわあ……」
 
 真っ赤だった藤原君の顔が普通に戻った。それくらいショックだったのだろう。
 まあ、私も忘れ物を取りに来た時に目撃しなければ噂にも気付かなかっただろう。あの時は女子トイレから変な声が聞こえてきたから覗いたら、まさかの化粧直しスペースで鏡に映しながら致していたのだ。
 
「じゃあ、人事部の高遠さんは? あの人もすごいイケメンでスパダリでしょ?」
 
 高遠さんか。ウェーブの掛かった黒髪を後ろだけ長くしていて、見るからにナルシスト系だがモテモテではある。
 
「あの人、悪夢を見るから一人じゃ寝られないんだ、だから一緒に寝てほしいとか言って、片っ端から巨乳の人を誘ってるんだよね……」
 
 すごい手口だと思うが、色気たっぷりの垂れ目で誘われると断れなくなるらしいし、夜のスキルがものすごいと聞いた。
 そのテクを忘れられなくなってか、高遠さんに付き纏うようになった女性を五人は見た。
 
「そ、そんな人なの?」
 
「うん。それなのに悪夢の内容が酷いの。閻魔様にひょっとこで舌を抜かれそうになった夢とか、祖母の家の物置で祖母の着物の入ったおかもちに閉じ込められる夢とか言ってた。言い間違いだろうけど、隣から聞こえてきて笑いそうになっちゃった」
 
 仕事ではカタカナ語をめちゃくちゃ駆使して身に付けている物は全部イタリア製なのに、悪夢は和風なんだなとも思った。
 
「ひょっとこ……。ああ、やっとこ」
 
 やっとこはペンチみたいな道具で、閻魔様が舌を抜くのに使用する。
 
「そうそう。女子ウケ良くなさそうなネタなのにそんな間違いするのかってびっくりした」
 
「おかもちって、蕎麦屋が出前で使うやつだよね? 着物入らないよな……。ああ、ながもち!」
 
 ながもちとは、木などでできた蓋付きの大きな箱だ。昔は嫁入りの時に持っていった人もいると聞く。
 
「多分そうだと思う。それなのに、女性側は神妙な顔して『大変ね』って言ってたんだ。どれくらい理解してたのかな。まあ、そんな会話を盗み聞きしてる私が一番悪い奴なんだけどさ」
 
 悪趣味だと思ったのについ聞き入ってしまった。イケメンと美女の会話に「ひょっとこ」が出てきたから何を話しているのかと気になってしまったのだ、と言い訳になっていない言い訳をしておく。
 
「まあ、そんな話を近くでされたら気になっちゃうよね。じゃあ、スタイリッシュなイケメン代表の河津さんはどう? すごいオシャレだし格好いいしスパダリだと思う」
 
 女子はこういうの好きでしょ? と押し付けてくるタイプだ。女性陣は自分達のことを「女子」と言うのは構わないが、男性から「女子」と呼ばれるのが嫌いな人もいることを理解していない。
 
「前に、差し入れにオシャレカフェのソイラテをもらったの。ソイラテ。直訳すると大豆牛乳。なのに飲んだらコーヒーでびっくりしちゃった。そしたら小馬鹿にされたから嫌い……」
 
 思わず「コーヒーなんですね」なんて言った私を鼻で笑ったのだ。勘違いしたって仕方がないことだと思うのに、「そんなことも知らないんだ」と流行りの物すら知らない私を見下して笑ったのだ。
 
「……嫌いから始まる恋もあるって言うよね」
 
「ないよ。藤原君がたくさんドーナツを差し入れてくれた時の方が一千万倍嬉しかったし」
 
 あの時はたくさん食べちゃった。とても美味しかった。
 
「女性社員たちにはダイエット中とかで超不評だったけど、高木さんだけは喜んでくれて、すごく嬉しかった……」
 
「男性陣はみんな大喜びだったから、男女みんなが喜ぶ差し入れって難しいって感じたよ。女性陣はみんな厳しいカロリー制限とか糖質制限とかしているからあんなに細いんだろうね。すごいと思うよ」
 
 みんなSサイズの服を着られるくらい細いのだ。
 
「高木さんは今のままで十分可愛いから……」
 
「はいはい、ありがとう」
 
 酔っぱらいの戯言だろう。綺麗でも美人でもない人のことを「可愛い」と誤魔化すと聞いたことがある。
 
「じゃあ男性社員みんなの憧れのイケオジ、渡部さんはスパダリだよね?」
 
 藤原君が私にスパダリを紹介するコーナーなのだろうか。
 それにしても渡部さんか。見た目はオシャレで人生に余裕がありそうなイケオジだ。
 
「あの人、学生時代から付き合ってた女性に結婚のことを十年近くうやむやにしておいて、若い子と結婚したんだよ。元カノが会社乗り込んできたことあったでしょ。そんなことしておいて、新入社員の子たちを物色して、『本当の運命は君だったみたいだ。あともう少し早く出会えていたら……』とか言ってホテルに連れ込むんだよ。私の知り合いで三人は誘われてる」
 
「えええ……」
 
 ドン引きしたみたいだ。
 知っている人は当然知っているが、知らない人は欠片も知らない情報ってあるものだ。私も、私の同期や後輩が誘われたと嬉しそうに教えてくれたから知っているだけだが。
 
「完璧でキラッキラのスパダリなんて早々いないね」
 
 しみじみそう感じた。
 藤原君が挙げたメンズたちは、確かにイケメンのハイスペックではあった。
 しかし、ちょっと女性人気だらしない感じがしてしまう。
 ハイスペックイケメンなら、自分に釣り合う最高の女性を探し回るだろうからある程度は仕方ないのかもしれない。
 
「………………高木さんは誘われたの?」
 
「え、何に?」
 
「渡部さんに、ホテルへ」
 
 思わず鼻水が出るかと思った。
 
「誘われないよ。美人ばっかりの会社だし、私なんて誰の眼中にも入らないから」
 
「…………よかった」
 
 酔っぱらいの藤原君は若干涙ぐんでいる。泣き上戸なのだろうか。
 
「ほら、ティラミス来たよ。食べよう」
 
「うん……」
 
 結構苦めの大人の味で美味しかった。
 
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