「生きる事」がめんどうなキミヘ

はじめに。

2022年。
数年前から突如と現れた感染ウイルスにより、この世は大きく変わりました。
人との付き合いやコミュニケーションを取る場が減り、働き方までもが変化しました。
人が人を疑う様になり、学のない私ですら感じる、おかしなこの世の中となりました。
当たり前の様に行っていた運動会や文化祭、修学旅行に入、卒業式。
中止や、少人数での開催とゆう形に変わり、当たり前が当たり前でなくなってしまいました。
そんな世の中でも生命は誕生し、死去は繰り返し続いてゆくんだから、これもまた、生命の強さなのか、いたずらなのか。

母親のお腹の中で新しい命として芽生えた私達は数ヶ月の時を経て、この世に誕生します。
産まれ、生きて、人は死ぬ。
それは、地球が誕生してから何度となく、繰り返されてきた当たり前の出来事。
この時代に産まれて、日本とゆう国に産まれた事は、私自身が選んだ訳でもなく、運命とゆう言葉で片付けたくはないけれど、たまたま偶然の運命なんだろうと思います。
ただ、『産まれて生きて死ぬ』とゆう事だけは人に与えられた平等な権利です。
でも、この産まれて、生きて、死ぬ以外は、何においても平等などありません。
産まれたばかりの頃ですら、決して平等ではなく、すでにこの時から人はそれぞれの人生を送っていると私は考えます。
唯一の平等が、『誕生する』『歳をとる』『死ぬ』位なんだと言い切れる気がします。

産声あげて、この世に誕生します。
子供は親を選べないし、環境ですら選ぶ事は出来ません。
だから、金持ちの家、愛情いっぱいの家、家庭環境ならず、数々の事情を踏まえれば決して人間は平等でなんて産まれてはいないと言えるのではないでしょうか。
ただ、もしどんな状況下にあったとしても、その先は自分自身でどんな形にも変える事は可能ではあります。
やがて、成長し人は生きて行く中で、数々の選択肢を選択したり、どう生きたいかと夢見る事をします。
人は夢を叶えようとしてみたり、憧れを抱いて世間一般的によく言う『努力は報われる』とゆう言葉の如く、突き進む事も出来たりします。
もちろん、全員がそうなる訳でもなく、ただ何となく生きて行く人もいます。
そして、それから恋をしたり、子孫を残したりもします。
でも、忘れてはいけません。
人間は平等ではありません。
産まれた時から死ぬまで、平等な訳がないのです。
だからこそ、どう生きるかそして、人生とは何か考えなければいけないのです。
いや、考える瞬間があります。
だって、生きるって『しんどい』ものだから。

結果的に自分の人生がある程度の分岐点に到達した時、不幸にも私は、自分の今までの人生を後悔と共に失敗したと感じました。
同じ思いの人が、大半数いるのではないでしょうか。
人生どんなに楽しくて、どんな苦労したとしても生き方一つで違う人生があったんじゃないかって、きっと思います。
人生2度出来るなら、失敗を参考にして、もっと良い一生を送れるのだろうけれど、残念ながら人生は一度きり。

何も怖くなかった10代。
夢見た10代。
楽しかった20代。
花盛りの20代。
それは、必ず終わります。
人間に与えられた唯一の平等は『老』だからです。
どんなに否定してもどんなに足掻いても『老』はやって来て、あなた自身を襲い苦しめます。
若い人は無論、今からこの先の老を知り、世の中を知り、生きて行かなければお先真っ暗になる事は間違いないです。
人生はしんどい。
私は、歳をとってそう思う事が増えました。
そして、『死』を考える事もあります。
でも、今の世の中は賢いやつしか楽して死ねない世の中なのです。
いずれ訪れる『死』。
必ず訪れるからこそ、『死』とはなんなのか、理解する事も、生きてゆく事も同様に大切です。
人は死にます。
大切な人も、嫌いな奴も、もちろん自分自身も。
命ある限り『死』は訪れる。
産まれて死ぬまでそして、死んでからの事を一度でも早くして考えるべきだったと思います。
そして、それは早い方がいい。
若くして知るからこそ意味がある。
生きる意味、人生、死とゆう重み。
これは、大切な事です。

前置きが長くなりましたが。
学もない、地位も名誉もなんもない、そんな人生を歩んで自分の人生を悔やんで悔やんで、後悔だらけから見出した若者へのアドバイスです。
そして、このお先真っ暗な時代へ突入している、この世の中で生きて行くヒントとなる事を願います。



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