エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む

「勇梧くん、今から来るんだろう」
「あ、うん……慶梧を連れて、ドライブ行こうって……」
「ふたりで行っておいで」

 おじいちゃんは優しい声で言う。

「慶梧も今日は機嫌がいいし。遊んでおくから」
「でも」
「夏乃子」

 ぴしゃり、とおじいちゃんは私を呼ぶ。
 私は息を呑み、それからゆっくりと頷いた。つまり、話し合って来いってことなんだろうと思うから。



 車で迎えに来てくれた勇梧さんにことの次第を話すと、「そうか」と言ったあと、少し照れ臭そうに目線を動かした。そして再び私を見つめ「デート、久しぶりだな」と優しい声で言った。

 私は目を瞠る。
 デート、か……。
 勇梧さんの車は、イギリスで乗っていたものとは違った。北欧メーカーのSUV車。

「今度、できれば、一緒に車を見に行ってほしい」

 助手席のドアを開けながら勇梧さんは言う。
 相変わらず丁寧に扱われることに不慣れな私は、恐縮しつつ首を傾げた。

「車……?」
「同じくらいの子供がいる上司に聞いたんだが、こういう車種、子供がいると使いづらいらしいんだ」

 私はシートに腰掛け、後部座席にきちんとセットしてあるチャイルドシートを視界に入れつつ目を丸くした。ぱたん、と助手席のドアが丁寧に閉められ、勇梧さんが運転席側に回る。

「上司、……って、勇梧さん!」

 私は運転席のドアを開いたタイミングで彼に言う。

「まさか、私たちのこと、職場に……」
「もう報告してある」

 飄々と彼は言った。
 私からサッと血の気が引いて行く。それ、大丈夫なの……!?

「恋人に逃げられた情けない男だってすっかり有名だよ。名誉挽回のためにも、できれば早く結婚してくれると助かるんだが」

 そう言ってしゅるりと私にシートベルトを着けてくれる。……ロンドンにいたときと変わらない優しさ。胸がぎゅっと軋む。

「そうだ」

 後部座席から勇梧さんがひょいと紙袋を持ち上げる。中身は透明のプラスチックカップ。季節限定のフラペチーノが入っていた。栗と芋の秋らしいフレーバー。

「これ……飲みたかったやつです」
「良かった。夏乃子が好きそうなやつだなと思って、途中で買ったんだ」
「あ、りがとう……ございます」

 勇梧さんは嬉しそうな顔をした。
 私がちょっと喜んだだけで、目を細めて唇を優しく上げて、幸せそうに笑うのだ。

 どうしてそんなに大切にしてくれるの。

 私がなにをどう言うべきかを考えている間に車は動き出し、いつの間にか高速に乗っていた。向かっているのは、湘(しょう)南(なん)方面。

「水族館は好きか? 慶梧が喜ぶかなと思ったんだが、デートにもうってつけだよな」

 勇梧さんはやたらと「デート」を強調する。
「ついでに鎌倉散策もしようか。少し暑いかな……」

 私は無言で甘い甘いフラペチーノを口にする。窓の外に海が見える。夏と秋のあわいの煌めき。


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