誰もいないこの世界で、君だけがここにいた
*
「うおっ、すげー」
二時間半後、植村くんが戻ってきて私の顔を見ると、いきなり感嘆の声をあげた。
美容師さんが、私の肩に残った髪を払い植村くんの前に立たせてくる。
私の髪はばっさりと切られ、本当に廣永モモ風のボブになっていた。
「いい感じですよねー。笠井さんの骨格的に、この髪型似合ってると思いますよ。これで今日からシャンプーもぐっと楽になりますしね!」
美容師さんが私を360度確認しながら褒めちぎっている。でも私は短い髪が落ち着かなくて、俯くことしかできない。
隠れていた肩や顎のあたりが露わになってしまった。
今まで気にしてはいなかったけれど、長い髪はいつのまにか自分の存在を隠すための防御服になっていたのかもしれない。今はその隠れ蓑が剥がされて、浮き彫りになってしまった自分の姿がとてつもなく恥ずかしい。
鏡の中の自分を見つめて顔をしかめていると、鏡越しに植村くんが笑った。
「いいじゃん」
植村くんのニヤニヤ笑いを見て、つい反発してしまう。
うそつき……。
適当な慰めなんて、いらない。
私は長い髪でいたかった。自分を守るものがなくなってしまった喪失感も大きいし、何よりこの髪はお母さんが褒めてくれた大切なものだった。
それに……。
こんなに短くすると、中学の頃を思い出して嫌な気持ちになる。
中学のはじめの頃、私の髪はこれくらいの長さだった。
お金はないから、今と変わらず行くのは千円カットだったけれど。お小遣いを貯めて、結構マメに切っていたと思う。
でも、多田さんにいじめられるようになってから外に出られなくなって、その間に髪はどんどん伸び続けて……。
中学の頃も今もいじめは続いているけれど、池に願いをかける前までのいじめは特に壮絶だったから、どうしてもモヤモヤしてしまう。
あの頃に戻ってしまった気がして。
複雑な気持ちで自分の顔を眺めていると、植村くんが受付でお金を払っていた。
カットだけじゃなくて、高級そうなトリートメントまでつけてくれたのに。ありがとう、の言葉が出てこない。
さらに、大金を出してもらったのに本心では納得がいってないことに、罪悪感が膨らんでいく。
「あ、あの、植村くん……。私、今千円しかないけど、ちゃんと返すから。今はこれだけ受け取って……」
「金はいいって。それより、さっき約束取り付けてきたから。行くぞ」
植村くんは私に千円札を押し返すと美容院を出た。
どんどん先に進んでいく植村くん。
慌てて追いかけるものの、展開がさっぱりわからない。
「え……なに、約束って」
「作戦、その3だ」
「……は?」
作戦?
その……3?
またよからぬことを考えてたの?
私が髪を切ってるうちに。
もう調査はしないって、言ったはずなのに。
だめだと思っていても、また怒りが湧き出てしまう。
先を進む植村くんのパーカーの裾を引っ張って、叫んだ。
「あの……さっきも言ったけど! 私、もう呪いを解くのはやめるの。だからもう、作戦なんていらないから!」
「とりあえず付き合えよ。髪もいい感じになったことだしさ。お金はいらないから、そのかわりってことで。な?」
あぁ……まただ。
人の話を聞かない植村くん。
髪が整えば一件落着、じゃない。今度は頭から泥水をかぶせられるかもしれないし、頭皮が見えるくらいまで切られるかもしれない。
呪いを解かなくてもこの仕打ちなのだから、呪いを解けばもっと最悪な、悲惨な未来が待っているかもしれない。
そう説明したのに、やっぱり理解していないのだろうか。
「うおっ、すげー」
二時間半後、植村くんが戻ってきて私の顔を見ると、いきなり感嘆の声をあげた。
美容師さんが、私の肩に残った髪を払い植村くんの前に立たせてくる。
私の髪はばっさりと切られ、本当に廣永モモ風のボブになっていた。
「いい感じですよねー。笠井さんの骨格的に、この髪型似合ってると思いますよ。これで今日からシャンプーもぐっと楽になりますしね!」
美容師さんが私を360度確認しながら褒めちぎっている。でも私は短い髪が落ち着かなくて、俯くことしかできない。
隠れていた肩や顎のあたりが露わになってしまった。
今まで気にしてはいなかったけれど、長い髪はいつのまにか自分の存在を隠すための防御服になっていたのかもしれない。今はその隠れ蓑が剥がされて、浮き彫りになってしまった自分の姿がとてつもなく恥ずかしい。
鏡の中の自分を見つめて顔をしかめていると、鏡越しに植村くんが笑った。
「いいじゃん」
植村くんのニヤニヤ笑いを見て、つい反発してしまう。
うそつき……。
適当な慰めなんて、いらない。
私は長い髪でいたかった。自分を守るものがなくなってしまった喪失感も大きいし、何よりこの髪はお母さんが褒めてくれた大切なものだった。
それに……。
こんなに短くすると、中学の頃を思い出して嫌な気持ちになる。
中学のはじめの頃、私の髪はこれくらいの長さだった。
お金はないから、今と変わらず行くのは千円カットだったけれど。お小遣いを貯めて、結構マメに切っていたと思う。
でも、多田さんにいじめられるようになってから外に出られなくなって、その間に髪はどんどん伸び続けて……。
中学の頃も今もいじめは続いているけれど、池に願いをかける前までのいじめは特に壮絶だったから、どうしてもモヤモヤしてしまう。
あの頃に戻ってしまった気がして。
複雑な気持ちで自分の顔を眺めていると、植村くんが受付でお金を払っていた。
カットだけじゃなくて、高級そうなトリートメントまでつけてくれたのに。ありがとう、の言葉が出てこない。
さらに、大金を出してもらったのに本心では納得がいってないことに、罪悪感が膨らんでいく。
「あ、あの、植村くん……。私、今千円しかないけど、ちゃんと返すから。今はこれだけ受け取って……」
「金はいいって。それより、さっき約束取り付けてきたから。行くぞ」
植村くんは私に千円札を押し返すと美容院を出た。
どんどん先に進んでいく植村くん。
慌てて追いかけるものの、展開がさっぱりわからない。
「え……なに、約束って」
「作戦、その3だ」
「……は?」
作戦?
その……3?
またよからぬことを考えてたの?
私が髪を切ってるうちに。
もう調査はしないって、言ったはずなのに。
だめだと思っていても、また怒りが湧き出てしまう。
先を進む植村くんのパーカーの裾を引っ張って、叫んだ。
「あの……さっきも言ったけど! 私、もう呪いを解くのはやめるの。だからもう、作戦なんていらないから!」
「とりあえず付き合えよ。髪もいい感じになったことだしさ。お金はいらないから、そのかわりってことで。な?」
あぁ……まただ。
人の話を聞かない植村くん。
髪が整えば一件落着、じゃない。今度は頭から泥水をかぶせられるかもしれないし、頭皮が見えるくらいまで切られるかもしれない。
呪いを解かなくてもこの仕打ちなのだから、呪いを解けばもっと最悪な、悲惨な未来が待っているかもしれない。
そう説明したのに、やっぱり理解していないのだろうか。