誰もいないこの世界で、君だけがここにいた
 *



 ——私に関する記憶は、二十四時間が経つと相手の脳から消えてしまう。
 誰も信じないと思うけど、私はそういう人間だ。

 厳密に言うと、私のことを忘れるのは二十四時間後じゃなくて、次の日の夜。日付が変わる二十四時に、相手は私のことを忘れてしまう。
 忘れる、と言っても、私のすべてを忘れてしまうわけじゃない。
 〝私という存在〟がいたことや、〝私と何かしら接触したこと〟は覚えているけれど、〝私と何を話したか〟〝私に何をしたか、されたか〟のような具体的なできごとはすべて消える。簡単に言うと、思い出——いい思い出も悪い思い出も——がすべて消えて、私は相手にとってただの人生のエキストラになる。
 記憶をずっと(とど)めておくには、記憶が消える前に私ともう一度接触して、〝思い出す〟必要がある。
 接触とは、私を私ときちんと認識して目にすること。
 電話ではだめ。メールでもだめ。
 だから、おととい私にタオルを貸してくれた駅員さんはもう私のことを覚えていない。
 一方で、あの不良の男の子は昨日もおとといも私を見かけていたらしいから、覚えていた。彼はきっと私のことを〝二日前も水をかけられていたかわいそうな女子高生〟と思っているのだろうけれど、駅員さんにとっては〝今日はじめてコーラをかけられた乗客〟だ。
 そして、同じ要領で。
 私は一週間に一度、クラスメイトの全員から忘れられる。
 今日は金曜日。土日を挟むと、来週の月曜から私は〝友達のいない、ただクラスが同じというだけのクラスメイト〟になる。
 だからいじめは今日で最後。
 私をいじめた記憶はもとより、私と話した内容を覚えている生徒もいなくなる。一人ぼっちの世界。
 でも、高校を卒業するまで〝サンドバッグにしやすい便利ないじめ要員〟でいるよりはだいぶマシだと思う。


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