誰もいないこの世界で、君だけがここにいた
「……いいんです。どうせ今日で最後だから……」

 思わずそう呟いてしまった。
 視線を下げ、余計なことを言ってしまったと後悔する。
 案の定、不良の男の子は私の一言が気になったようで、追求してきた。

「最後って、なに? まさかこれからここで人身事故でも起こす気じゃないよな」
「いえ……なんでも」
「あら! あなた、どうしたの」

 会話が面倒で濁していると、駅員さんが私に気づいて駆け寄ってきた。
 朝たまにホームで案内放送をしている、気のよさそうなお姉さんだ。
 彼女は頭からずぶ濡れの私をまじまじと見て、次に異様にガラの悪い隣の男の子を見ると、眉根を寄せた。

「……君がやったの?」
「ちげーよ。俺は水ぶっかけられた女子をシンパイして駆けつけたヒーロー。おかげでガッコ遅刻だわ」
「あら、そう。ちょっと待っててね、何か拭くもの持ってくるから」

 駅員さんは私に笑顔を向けると駅舎の方へと走っていった。

 シンパイ……ね。
 そんなの、してないくせに。
 どうでもいいくせに。
 ただ焚き付けにきただけ。二度もやられっぱなしの私にイライラして、私のことをあざ笑いにきただけ。
 誰にも気にされない私は最高に(あわ)れだけど、アホだのなんだの言われるくらいなら誰も気にしてほしくなんかない。

「……あれ。なんか変だな、今の人」

 立ち上がり、制服についた雫を払っていると男の子が呟いた。

「お前、おとといもあの人にタオル借りただろ。でもなんか、今はじめて会ったみたいな……」

 男の子が不思議そうに駅員さんの後ろ姿を見つめている。
 私は横に置いていた鞄を手にし、ホームにある大きな吊るし時計を見上げた。

「……忘れてるんですよ」

 男の子の不思議そうな視線がこちらを向く。

 ……こんなこと、言わなくていいのに。
 唇から、秘めたはずの本音が滑り出てくるのを止められなかった。

「私、忘れられるんです。時間が経つと記憶が消されちゃうんです。タオルを借りたのはおとといのことだから、もう忘れてる。あの駅員さんにとって、私は初対面なんですよ」
「あ、おい……」

 何もかもどうでもよくなって、私は駅員さんを待たずに改札を出た。


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