これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
弘樹にはそのような感情なんて持たないし、母は弘樹の事情を知らないから仕方ないとはいえ、そのようなことを口にするのに私は悲しくなった。

このとき、弘樹の気持ちがほんの少しだけわかった気がした。でもここで余計なことを口にすれば大変なことになる。私はモヤモヤする気持ちに蓋をして、黙って箸をすすめた。
ようやくお椀に注がれた雑炊を食べ終えると、ちょうどいつも家を出る時間に近づいていた。

「ごちそうさま。仕事行ってくる」

「行ってらっしゃい、気をつけてね」

席を立って荷物を持つ私に、母はテーブルの上の空いた器を片付けながら、声をかけた。
洗面所で歯磨きを済ませ、最終的な身だしなみを整えると家を後にした。

昨夜の件で徹也くんから連絡はない。
私も特別用事があるとき以外、連絡を入れることはない。
昨日の結納のあと庭を散策していたときに、次に会う日を決めていて、次回は今週末だ。そのとき私が徹也くんを迎えに行き、新居の下見に行く約束をしていた。
そういえば、昨日の飲み代払ってもらったのに、お礼を伝えてなかったな……

私は最寄駅の改札を通ると、電車を待っている間にスマホを取り出した。簡単なお礼文とスタンプのメッセージを送信したタイミングでいつも通勤時に乗る電車がホームに入ってきたので、電車に乗り込み乗降口近くの手摺りに掴まった。
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