面倒な恋人



作曲を始めた慎也が、明凛のために曲をプレゼントしているのを見かけたことがある。
嬉しそうに受け取っている明凛。

俺は慎也の性格をよく知っている。
顔立ちも優し気だから周囲からは好青年に見えているだろう。
音楽の才能だけは神様から授かったようだが、大切なのは自分だけだ。

あの優しさはお前を気にしているからでも、お前のことを一番に考えているからでもないんだ。
慎也は優秀な音楽家の家に生まれた、親に愛される才能ある息子でいたいだけだ。

でも、俺たちの二十歳を祝うパーティーの席で、明凛は俺より慎也がタイプだとはっきり言った。
いつもよりおしゃれをしているのも慎也のためだったんだろうかと勘繰ってしまう。

「僕たち、お互いの気持ちを確かめたので付き合うことにしました」

いきなり宣言した時は驚いた。
その時になって、俺は初めて気がついた。あの言葉は、俺が言いたかったセリフだ。

(もう、遅い……)

俺は紘成を誘って飲み明かそうと思っていたら、なぜか両家の男ばかりで出かけることになった。

慎也の様子がいつもと違って、なにか悩んでいる様子だった。
明凛のことを考えているのかと思うとモヤッとしたが、その夜は結構飲んだ。

交際宣言からしばらくして、慎也がドイツに留学した。
遠距離恋愛なんて続くわけがないと思っていたが、母の方が明凛を離さなくなった。

「明凛をアニキのかわりにするな」

慎也のいない寂しさを明凛で埋めようとしている母に、何度か意見したのだが聞いてくれない。
いったい慎也はなにを考えているんだろう。
自分はドイツで伸び伸び暮らして、面倒なことは明凛に押し付けているとしか思えない。
それでも恋人といえるのかと、腹立たしかった。

明凛は相変わらず、心の中を見せない。
母とパーティーや演奏会に出席しても楽しんでいるのかどうか、俺にはわからなかった。

明凛からは必死でなにかを守っているような緊張感さえ感じた。

(そこまで慎也が好きなのか?)

ゆっくり明凛と話してみたかった。
でも俺の方からは言いだしにくくて、つい遠くから見つめてしまう。

明凛はそんな俺を見て、どうやら嫌われていると思い込んでいるらしい。

『唯仁が明凛ちゃんのこと無視してるからよ』

両親からも酷い言われようだった。

おまけに紘成からも『明凛はお前が怖いんじゃないか』なんて言われたら、俺だって落ち込んだ。

明凛に正直な気持ちを伝えることもできないまま、時間だけが過ぎていった。
慎也との関係がどうなっているのかわからないし、就職してからは滅多に顔を合わせることもなくなった。

そんな時、とんでもないことが起こった。
ドイツ留学中の慎也がいきなり『結婚した』と連絡してきたのだ。

音楽の勉強をしていると思っていたが、どうやら作曲家への道を断念していたらしい。

両親も聞いていなかったらしく、家の中は大混乱になった。

「親に黙って結婚するなんて、なんてことだ!」
「まさか作曲家を諦めていたなんて~」

両親は大慌てで、相手の情報を集めていた。

結婚した相手は年上のドイツ人で、声楽家としてデビューしていた。
作曲の勉強をやめた慎也は、彼女の伴奏ピアニストをしているようだ。

「作曲の勉強をするって言うからドイツにいかせたのに」

母が泣いても喚いても、もう遅い。ふたりはすでに結婚したのだから。

「ああ~、どうしよう! 明凛ちゃんになんて言えばいいのかしら」

母は予定されていた公演をキャンセルして、寝込んでしまった。

親父は忙しいからと理由をつけて、俺に明凛と会ってこいという。

「知らせないわけにいかないだろう。お前が一番、明凛ちゃんの気持ちがわかるはずだ」

どういう意味かと言い返したかったが、やめた。親父には俺の気持ちはお見通しだったらしい。
俺だって明凛の傷つく顔を見たくはない。

(明凛……)

今でも慎也が好きなんだろうか。
そう思いつつ俺は明凛に連絡を入れて、仕事帰りにホテルのバーで待ち合わせることにした。




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