面倒な恋人



窓際のテーブルからはキラキラと下界が輝いていて見えて、とても綺麗だ。
相手が違ったらロマンチックだろうなと、不機嫌そうな唯仁から視線を逸らせた。
もちろん、お互いにだけど。

「ご無沙汰でした。なにか急用があったの?」

早めに話しを終わらせようと尋ねたのだが、唯仁がメニューを差し出してきた。

「その前に、飲み物でも頼もうか。なに飲む?」
「あ、よく知らないから……」
「じゃあ、なにか適当に見繕うよ」
「ありがとう」

こんなおしゃれで高級な場所だけど、唯仁は慣れているようだ。
よく来るのかなと、ウエイターにオーダーする彼の横顔をしげしげと見てしまった。

「なに?」

唯仁と目があったので、慌ててスマートフォンを見るふりをした。
もう約束していた八時半を過ぎている。

「ごめんなさい。待った?」

「いや、それほどでも。学校って、忙しいんだな」

唯仁は社交辞令で『今きたところ』とは言わなかった。正直なのか、私には遠慮なんてしないのか、どちらだろう。

「今日は金曜日だから会議があって」

「なにも食べてないんだろ。バーでの待ち合わせにして悪かった」
「大丈夫。遅い時間にはあまり食べないから」 

少量を綺麗に盛り付けているチーズや生ハム、野菜のディップと果物が運ばれてきた。
唯仁のお洒落なセレクトに驚いてしまった。

(女の子の好きなもの、よく知っているんだ)

唯仁なら、きっとステキな彼女がいるんだろうなと想像する。

「元気だったか?」
「うん」

あらためて唯仁から聞かれると少し照れくさい。
ふたりだけで会っているのも不思議な気分だし、唯仁の横に座っているのが信じられないくらいだ。

幼なじみとはいえ、ふたりきりでお酒を飲むのは初めてかもしれない。

「唯仁は仕事、忙しいの?」
「ああ。祖父さんがまだ現役バリバリだから、毎日しごかれているよ」
「そう」

なかなか会話が続かない。
お祖父さんが社長を務める広告代理店に就職したのは知っていた。
でも代理店の仕事なんてまったくわからないし、嫌われているとわかっている人になにを話せばいいのか浮かんでこない。

「明凛は、子どもの頃から小学校の先生になりたかったんだよな」
「うん。ピアノを習っていたおかげで、大学入試も採用試験も苦労しなくて助かったよ」
「そうか」

そういえば、慎也さんと唯仁がピアノを弾いているのが羨ましくてピアノを習い始めたんだった。
中学三年の時に受験勉強と両立できなくて中断してしまったけど、教育学部の課題曲のソナタくらいは弾きこなせた。

「最近、唯仁はピアノは弾いてるの?」

唯仁も上手だったなと思って話題にしてみた。

「さっぱり」

素っ気ない答えが返ってきた。やっぱり唯仁との会話は難しい。

「私は音楽の授業で弾いてるけど、子どもたちの歌の伴奏って難しいんだよ」
「ふうん。お前の先生姿を見てみたいな」

「唯仁が結婚してお子さんが生まれたら、うちの学校なんてどう?」

思わずアピールしてしまった。
私が勤めている私立の学園はけっこう有名で、小学部のお受験はかなりの倍率になる。
唯仁の子どもの担任になったら面白いだろうなと思って冗談めかして言うと、少し笑顔になりかけていた唯仁がムスッとした顔に戻った。


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